薄れゆく意識の中、遠くから名前を呼ぶ声が聞こえた。

「…さん!沖本さん!」

不意にあたたかい温もりに包まれる。

「沖本さん!しっかりしてください!」

朦朧とする意識の中で薄っすらと目を開く。

長い睫毛に縁取られた漆黒の瞳が私を覗き込んでいる。

彫刻のように完璧なその姿…。

これは…天使…?

ああ、私は死ぬからお迎えが来たのね。

もう身体中の力が入らない。

「酷い熱だ」

天使は美しい顔を歪める。

もうこんな鉛のように重たい身体からは解放されたい。

「お迎え…ごくろう」私は労いの言葉をかける。

「なんだよー。相変わらず人騒がせな人だなあ。しかも上から目線だし」

誰かが横やりを入れて来たが、私は美しい天使しか目に入らない。

「早く連れてって…ここは寒い」

あの世、というものがあるなら早くそちらの世界に行きたい。

きっと美しい花が咲き乱れ小鳥は囀り、年中暖かいのだろう。

裏切られてばかりの俗世はもうまっぴらだ。

悲しみや苦痛とは無縁の世界に行って身も心も解放されたい。

「よく我慢したね、君は頑張った」

抱き寄せられるとその温もりに安心して胸に顔を埋める。

不思議と天使からはエゴイストプラチナムの香りがした。

「もう無理…」

辛うじてそう言い残すと、私の意識は再び黒い闇へ吸い込まれるように落ちていった。