ジキルとハイドな彼

「それは失礼。よかったらワインでも一緒にどうですか。笑ってしまったお詫びにご馳走させてください」

誘い方もスマート。きっともてるタイプだろう。それを本人も自覚している。

私達も二人で飲みに行けば声を掛けられることは少なくない。

オタクとは言っても、それなりの大人の対応は心得ているつもりだ。

「どうぞ」と友里恵が促すと男性は私の隣の席に腰をおろした。

近くでよく見ると目がぎょろりとしていて少々威圧感を与えるものの、全体的には整った目鼻立ちをしている。

少し長めに伸ばした髪を後ろにながしており、スタイリッシュでいい男だ。

先ほどの王蟲の話を聞かれていたことが悔やまれる。

友里恵に批判され、ムカついたものの、こうゆう話に男が引くことは百も承知だ。

「現実は小説よりも奇なり」

突然男が発した諺に前後の脈略が全く理解出来ず、友里恵と私はポカンと口を開いて顔を見合わせる。

「人間が創造する世界よりも神が創られたこの世界の方が、不思議と波乱に富んでいる」

きっと先ほど二次元の世界に引き籠もっている話も聞かれていたのだろう。

すでにオタクということはバレているようだ。

「もう波乱は結構です」私は鼻の頭に皺を寄せると男はクスリと笑う。

「きっと恋愛小説よりもリアルな恋愛の方が胸の高鳴りも、心が躍るような悦びも身を焦がすような切なさもひとしおに感じられるのではないでしょうか」

「ハーレクイーンに出てくるよりも素敵な男性が現れるってことですか」

「それは…、現れないかもしれませんね」

ハ―レクイーンに出てくる男は都合がよ過ぎる、と言ってぐるりと目を回す。

思わず私は噴き出した。