さようなら僕の死神

では、貴方に一つ教えて差し上げましょう。

彼女はそう言い、つづけた。


「死への恐怖について。」

ただの恋愛系小説。ラブコメには出てこないそんな会話。


「初めて死ぬとき恐ろしいんです。まあ大体の人間には二回目のこの恐怖はありませんが、一回目、すなわち人間が死ぬ瞬間その瞬間の恐怖はすさまじいものなんです。」

そりゃあ、誰だって死ぬときは怖い。死んだことなんてないがそれはわかる。

「身が張り裂けそうな恐怖です。そこで自分の今までしてきたことは無意味になる。安らかに息を引き取ったなんてありえない。リセットほど恐ろしいことはない。」


「転校して新しい自分にリセットっなんてものとは比べ物にならない。すべてが終わる。人間は全員自分中心に自分の物語を生きている。それがなかったことになる。」


「その恐怖を知ってしまえば、さして二回目の恐怖には耐え、三回目には納得し、四回目には考え、五回目には慣れてしまう。」


「だからね、加賀さん。もう何回も死んだ私にとって死への恐怖は全くない。」


「自分中心の考えで回っている世界へ、他人の世界へ介入してこないでください。他人の恐怖を思い出させないでください。」


彼女は言いたいことを最後まで告げた。僕はそれをただ黙って聞いていた。

ちなみに彼女はずっとそれを歩きながら話しているもので今は僕の住んでいるアパートのエレベーターの仲だ。

誰もいない。僕らしかいない。

だから僕は彼女を抱きしめた。


抱きしめた。彼女の小さくて細い肩を抱いて冷たい彼女の体を温めるように。ただそっと、しかししっかり抱きしめた。

監視カメラは見ているだろうけど、彼女は抵抗していないから警備員さんは高校生のカップルがいちゃついている程度にしか感じないだろう。

だから僕はエレベーターが上へあがり開くまでそれをつづけた。

チーンと音がして、扉が開く。

それと同時に僕は彼女の体を離し、そして彼女が僕に告げたように告げる。教えてあげる。


「君は怖かった。死ぬことが怖かった。思い出したくなかった。恐ろしかった。」

「僕にそれを隠そうとしなくてもいい。」

「僕は君に危害を加えない。」

「ただ、愛す。ただ、関わる。君の人生に。」

「ただ単純でありきたりなラブコメだろう。それが。」

今度は彼女がうつむいたままで、彼女は僕に話しかけてこなかった。