「いえいえ、当たり前のことをしただけですから気にしないでください。それじゃ、急いでいるので…」

男性は、小走りで駆けて行った。

見えていないだろうが、男性の背に向かってお辞儀をして見送った。

そして、再会はすぐにやってきて、いつも利用するカフェでいつものようにドアを開けカウンターの席に座り、ブレンドコーヒーと本日のランチを頼んで、隣の視線に気づいた。

髪をかきあげる仕草で隣の席の人を見ると、この間の男性だった。

お互いに指を指し

「『あっ、あの時の…』」

声がハモり、お互い笑った。

「…先日は本当にありがとうございました」

「いえ、本当に気にしないでください。本当は、綺麗な人が困っているのに一度見ないふりをしたんです。でも、あの男に肩を抱かれて泣きそうな顔に体が動いていただけなんです」

素直に本当のことを話してくれて、申し訳なさそうに苦笑する男性に親しみを感じていた。

そして、何度か偶然が重なり仕事帰りに食事する仲に…いつも、食事代を出してくれてアパートまで送ってくれるのに手を出してこない。

友達関係⁈
と思っていたら、知り合って3ヶ月目に彼からの突然の告白

「美咲さん…知り合って間もないですがあなたが好きです。俺と付き合ってください」

私の知っている身近な男と違い、彼の誠実な人柄に惹かれていた私は、ひとつ返事でOKした。

それから何度かデートを重ね、初めて手を繋いだのも5回目のデートの時。

彼との初めてのキスも6回目のデートの帰り、家まで送ってくれて別れ際に触れるだけのキスだった。

物足りなさを感じながらも、大事にしたいからと言う彼の言葉にときめいていた。

そんなある日、彼の仕事の都合で突然転勤になりプロポーズされた。

ついて行くことに不安がなかったと言えば嘘になるけど…
すぐに身体の関係を求めてこない彼の誠実さと優しさ、彼なら安心だと思ってしまっていた。

一緒に住む部屋を探し不動産めぐりを彼として、先ほど訪れたマンションを2人の新居に決め、突然の事でお金が足りないという彼の言葉を信じ、結婚を約束した相手だからと貯金していたお金を渡して仕事を辞めて、住んでいたアパートも引き払い家具も売り払い、仕事の都合で先に引っ越していた彼の後を追ってやってきた。

身一つで、彼との新しいスタートを切るはずだったのに…

彼はどこへ行ってしまったの⁈

知り合いもいない街で途方にくれていた。