「行ってきまーす!」


雲ひとつない快晴の日。
真新しい制服に身を包み、私は玄関を出た。


レンガの道を進んでいくと、目の前に噴水が見えてきた。
それを避けて、さらにまっすぐと進んでいけば、見えてきた桜のトンネル。
それを通り抜けていくと、ようやく家の門が見えてくる。…かと思いきや、これは三番目の門。
もう少し行ったところにも門が見える。


「ああもぉぉぉ!!どぉーしてうちの家は玄関から門までの道が長いのぉぉぉぉぉ!!」


綺麗な青空に、私の声が虚しく響いた。



【きょーれつ☆きょーし】



「おはよう」
「はよー」


いろんな挨拶の声が飛び交う教室。
それぞれのグループに分かれて、楽しそうに話している姿。


…出遅れた。
何てことだ。これじゃあ話しかけづらいじゃないか!


頑張って門のところにたどり着いたものの、ここから学校までの道のりが遠い。


せっかく10分前くらいに着くように早く出てきたのに、無駄に長い道のりのせいでそれも意味がなくなってしまった。むしろ時間が足りない。


初っ端から遅刻も嫌だから、学校まで車で送ってもらったというのに、教室に着いた頃にはすでに遅し。


ああ。もう、ぼっち確定だな…


チーンという効果音がつきそうなほどどんよりとしていた私のところに、一人の女の子が話しかけてきた。


「あ、あの、お、おはよう!」
「!、お、おはよう!!」


嬉しかったものだから、つい興奮気味に挨拶を返してしまった。


ぅあぁぁ。せっかく話しかけてくれたのにぃぃ!
なんか若干引いてるっぽいし!終わった。確実に終わった。


「あ、あの、わたし、花苑紗夢(ハナゾノサクラ)って言うの。よろしくね」


…!
天使だ!天使がいらっしゃる!!


本当は拝みたいところだけど、これ以上何かやらかすと本気で引かれそうなので止めておく。


「私は藍沢蛍!よろしく、紗夢!」
「うん!よろしくね、蛍ちゃん」


ぽわぽわ〜っていう感じの笑顔を向ける紗夢。
あ〜。和むなぁ〜。いいな〜こういう子〜。


なんか私おっさんみたいなこと考えてるけど、絶対みんなそう思うからね!?あの笑顔見たらなるからね!?


誰に言ってのか分からない弁解をしていると、担任らしき人が入ってきた。


ちょこっと厳しそうな感じするけど、若くて美人な先生だ。


みんなも同じ意見だったらしく、あんなにざわついていた教室内が一気に静まった。


「はーい、みんな席ついてー!」


先生の、高いとも低いとも思えない声が響く。


教壇に手をついたかと思うとその手を離し、くるりと半回転をして黒板に向かう。そして、流れるような手つきで文字を書いた。


「小鳥遊憂(タカナシユウ)と言います。みんなよろしく!」


なかなかにフレンドリーな自己紹介をした先生に、みんな親しみを感じたのか、次々と質問していく。


「ハイハーイ!先生って、男ですか?女ですか?」
「さーて、どうですかね?みなさんはどう思いますか?」
「女ー!」
「いや、逆をついて男かもよ?」
「えー、女でしょ〜」
「もしかして‥オカマ?」


男女関係なく話し合っているクラスメイトたちに驚く。
まるで、だいぶ前から知り合いだったというくらい親しげに話しているものだから、私の気分は心底どんよりとした。


いやいやでも!私には紗夢という友達ができたんだからねっ!一人じゃないもんっ


「はいはい、静かに!このクラスは賑やかねー。で?どっちか決まった?」
「はい!えーっと、先生は“女”です!」


リーダー的な男の子が言うと、クラスメイトの視線が一気に先生の方へ集まる。


自然と静かになる教室。
見つめ合う教師と生徒。


無言の間が数秒続いた。


「ぷ」と、先生が小さく声を漏らした。かと思えば、今度は大声で笑いだした。


なんだなんだ、と、不思議そうな顔をしたクラスメイト達が先生を無言で見つめ続ける。


ひとしきり笑った先生はヒーヒー言いながら、正解を言った。


「私は男だよ」


!!?


目を見開き、口を小さく開け、ボーッと固まる。


一人がその動きをしただけでも面白いというのに、クラス全員、40人全員ときた。


あまりの面白さに、耐えきれなくなったらしい先生は私またもや大きな声で笑いだした。
相当面白かったらしく、今度は机まで叩いているしまつ。


私はもちろんそんな顔してない。
まぁ、確かにびっくりしたけど、笑われるの嫌だし、ポーカーフェイスだよ。ポーカーフェイス。


「先生、マジっすか」


ようやく驚きから復活したらしい子が、先生に尋ねる。


「おう。マジだ」


今度はすぐに答えてくれた先生。
でも、みんな頭の中がフリーズしているようで、なんとも微妙な顔をしている。


「でも!さっき女の人の話し方してませんでした?」


女の子が聞くと、先生は「あー、そのことね」とでもいいそうな顔をして言った。


「そりゃあね、君たちの驚いた顔を見るための演技だよ」


・・・・・。
ドSだ!この先生‼︎


クラスメイトたちの心が初めて一つになった瞬間であった。


「じゃあ、他に質問はない?」
「ナイデス」
「そー?それじゃ、SHRは終わり!解散!」


まだまだ始まったばかりだというのに、相当疲れた様子の生徒達であった。