薬剤学教授室。そう書かれた札のぶら下がった扉の前に立ちすくむ真璃。


(入りたくない……入ることを身体が拒否している……ような気がする!)


この前のように墨原が寝ていればそっと鍵だけ引き取って帰るのだが、あんなミラクルはもう起きないだろう。重くなるノックする腕を無理矢理上げながら扉を叩いた。


「汐沢です。墨原教授……。」


返事はなかった。これはもしかしてまた寝ているのか……と扉を開こうと試みたが、開かない。扉には鍵がかかっていた。


(私がくるって分かってていないなんて酷くない!?)


そう思ったが、怒ったところで鍵の所有者である墨原は現れない。このまま帰ってもどのみち家に入れず待つことになるので、真璃はここで墨原を待つことにした。


(なんか……視線を感じる。)


通りすがる大学生達は皆、真璃を物珍しそうに見ていた。一目で高校生だと分かる制服とスクールバッグ。だが、視線の理由はそれだけではないような気がした。


「あれ、この前の……。」


教授室の前に立つ居心地の悪そうな真璃に声をかけてきたのは、この前墨原の居場所を聞いた女子大学生だった。その隣には教授だろうか、白衣を着た茶髪の男性が立っていた。


「教授、この子ですよ。墨原……教授の新しい助手の子。」


「へ~墨原の。今日も仕事なの?」


簡単過ぎる説明をする女子大学生。隣の男性は人懐こそうな笑顔を浮かべながら真璃に話しかけてきた。


「いえ、今日は違います。」


「え~!仕事でもないのにあの墨原……教授のところに来たの!?」


仕事ではないと言う真璃の言葉を信じられないという風に驚く女子大学生。真璃だって好きで来たわけではない。


「仕事じゃないならどうしてここにいるの?墨原に呼ばれた?それとも……墨原のこと気に入っちゃった?」


ニコニコと面白いものを見たように話す男性。少しは自分の話も聞いて欲しい、と真璃は思う。


「違います!!!私はただ……「忘れ物を取りに来ただけだ。」


少し離れた所から低い、地を這うような声が響いた。女子大学生は顔を引きつらせ、男性は変わらない笑顔を浮かべている。