「そうですよ。生憎、母ひとり子ひとりの家庭でしたので物心つく頃には店番もしていましたね」

王子さんから聞くお父様の話題に胸がぎゅうっと痛くなる。

「父とは私が幼い頃に死別していますが、それから母は再婚することなく毎日あの小さな店を切り盛りしています」

……キッチンすみれの傍らに飾られた旦那様の在りし日の写真を見たことがある。

”うちの旦那ってば良い男でしょう?”

ニシシと自慢げに歯を出して朗らかに笑う菫さんからは、旦那様を失った苦労も悲しみも微塵も見られない。

すごいなあと素直に尊敬してしまった。

「王子さんの料理好きは菫さんに似たんですかね?」

「そうかもしれません。少なくとも何らかの影響は受けているでしょうね」

王子さんは話を締めくくると、灰皿に煙草を押し付けて火を消した。

(王子さんも苦労してきたんだろうな……)

彼の料理の腕が誰のためのものなのか、私には分かった気がする。

自分のためではなく誰かのために作る料理は愛に溢れていて、食べた人を労わるように包んでくれるのだ。

初夏のドライブは快適だった。

車は風を切ってどこまでも走っていく。

私は運転席にいる王子さんの横顔を見て、なぜだかほんのり優しい気持ちになった。