「……げましょうか?」

「……へ?」

凛々しい横顔をボンヤリ眺めていたたせいで、うっかり聞き逃してしまった。

王子さんははあっと長いため息をつくと、今度ははっきりと聞こえるように言った。

「料理を教えましょうかと言いました」

料理?王子さんが?教える?私に?

頭の中で並んだ単語が順番通りに整列して、意味を成すまで随分と時間がかかった。

「ええっ!?」

「私では役不足ですか?」

「滅相もございません!!」

私は慌てて首を横に振った。

華麗な包丁さばきを間近で拝見した今となっては、お師匠様とお呼びしたいくらいです。

「それでは次の土曜日10時にこの店に集合ということで」

王子さんはそう言うと、食器を重ねシンクに持って行き黙々と片づけを始めた。

ランチタイムの王子様は、その名に似つかわしくない皿洗いもお得意だった。

(謎だ……)

料理を教えてくれるなんて、一体どういう風の吹き回しなんだ?

てっきり、疎まれているとばかり思っていたのに。

私も王子さんが磨いた包丁を照明に当てて、うっとりする変人だとは思わなかったけれど。

「あ、くれぐれも会社の人には黙っていてくださいね」

はーいと返事をすると、王子さんの隣に並んでスポンジを握る。

……この日、私に新たな秘密ができたのだった。