「それは、まあ……。大見得切ったわねえ……」

「すみません。勝手なことをして……」

50人前のお弁当を勝手に受注してしまったことを報告しても、菫さんは頭ごなしに非難するようなことはしなかった。

「それで、瑛介は?」

「会社でも避けられてますね。私がしたことを考えたら当然です。怒っているんですよ」

避けられている理由はお弁当のせいだけではないだろうが、それは私と王子さんの問題なので心の片隅に置いておく。

私は今度ばかりは自分の行いを反省し、落ち込んでいた。

啖呵を切ったまでは良かったものの、冷静に考えたら50人前をひとりで作るなんて無謀すぎる。

お弁当が届かなかったら私自身に痛手がなくとも、キッチンすみれの信頼に傷がついてしまう。

「ひばりちゃん、これ貸してあげるわ」

すみれさんは愛用のショルダーバッグから子猫のキーホルダーがついた鍵を取り出し、私の手に握らせた。

作られてから幾年も経って金属特有の輝きも薄れている。本来の重量以上の重さを感じさせるそれは、キッチンすみれの鍵に他ならない。

「食材の発注の仕方もいちから教えてあげる。大丈夫、商店街の八百屋さんと精肉屋さんは若い女の子にはサービスしてくれるわよ」

私を受け入れてくれる優しい台詞の数々に涙が零れそうになる。

「本当に50人前をひとりで作るなら、手際が肝心よ。そうね、簡単に出来るメニューを一緒に考えましょう」

「菫さ……」

……菫さんはド素人の私にキッチンすみれの看板を預けようとしてくれているのだ。

「ひばりちゃん、お店と瑛介のことをお願いね」

私は菫さんに託された思いを噛みしめるように、何度も何度も頷いた。