「つまり、あなたはその白凰堂のロールケーキとやらを勝手に食べられたことに怒って前の会社を辞めたんですね?」

「まあ、平たく言えばそういうことです……」

ソファに座り寛ぎながら話を聞いていた王子さんとは対照的に私はカーペットの上で正座である。

「それは、お姉さんも厳しくなりますね。あなたの履歴書を拝見したことがありますが、どこに名前を出しても恥ずかしくない一流企業にお勤めだったでしょう?」

正論過ぎてぐうの音も出ないとはまさにこのことである。

「だから余計に、姉にはがっかりされちゃったんです。たかがロールケーキで辞めるなんてもったいないって」

「私もお姉さんと同意見ですね」

王子さんはどちらかと言えばつぐみ姉寄りの計算ができる冷静なタイプだ。感情だけで突っ走る私とは大違いである。

「……王子さんは白凰堂のロールケーキを食べたことがあるんですか?」

「いいえ、ありません」

王子さんがあまりにもキッパリと言うので、むっと眉間に皺が寄る。

「食べたことないのに頭ごなしに否定しちゃうんですか?」

「仕方ないでしょう?食べたことがないので、どれほどの価値があるのか分かりません」

それは聞き捨てならない。

これでは、私がロールケーキひとつで会社を辞めた大バカ者ではないか。

(食べたことないのに……)