……ラッキーだったなと噛みしめるように思っていられたのも束の間のことであった。

「ひばり、あなた今の会社を辞めなさい」

「え?」

つぐみ姉の口から飛び出た言葉に思わず耳を疑ってしまった。何かの間違いじゃないかと一縷の望みをかけてもう一度聞き返す。

「お姉ちゃん……?今、なんて?」

「聞こえなかったの?あの会社を辞めなさいって言ったのよ」

……やっぱり、聞き間違いじゃなかった。

「何で!?」

テーブルをバンッと叩きながら立ち上がると、クロスの上の食器がガチャンと耳障りな音を立てて余計に神経を逆撫でする。

つぐみ姉はテーブルを叩いたせいでカップから零れた紅茶を紙ナプキンでふき取ると、にっこり笑ってこう言った。

「何人か知り合いに掛けあってみたら、いくつか会社を紹介してもらえそうなの。事業内容もネームバリューも信頼がおけるし、あなたにはもっと地に足ついたしっかりとした企業に勤めて欲しいと常々思っていたのよ」

私がどれだけ取り乱そうと、つぐみ姉の態度も淡々と話す口調もさほど変わらない。

望月つぐみ、29歳。

私より5歳年上の姉は他人より要領の悪い妹の将来がそれは不安でたまらないらしい。

頭脳明晰、容姿端麗、おまけ巨乳、あらゆる名声を欲しいままにしてきたつぐみ姉の職業は女性なら一度は憧れるであろう、社長付きの秘書である。