「どうしたの?ピアノの練習は?」
後ろから聞こえる先生の優しく低い声。
声を聞いてるだけで、身体中の力が抜けそうになる。
「楽譜……」
「楽譜?楽譜がどうかした?」
「楽譜を忘れちゃいました」
私は振り返り、作り笑顔でそう先生に言った。
私の言葉に目を丸くする先生。
そして、少しの沈黙のあと、先生の笑い声が静かな廊下に響いた。
恥ずかしさで顔が赤くなる。
「あ、ゴメン」
謝る先生は、まだ少しだけ笑ってるし……。
そんなに笑わなくても。
「い、いえ……」
「学校の楽譜使う?」
「今日は帰ります。両親が待ってるので……。あ、鍵は職員室に返しときます」
私は先生と目を合わせないようにそう言って会釈した。
その場から早くいなくなりたかった。
先生と2人きりの空間に耐える自信がなかった。



