「こうなったのはニナのせいだ。中2のときから4年だぞ。それくらい好きだったのに、ニナが現れてから、オレ、自分が誰を好きなのかわからなくなった」
「……え?」
「ニナの笑った顔が消えなくて、ニナと話したなんでもない会話がずっと頭の中で鳴ってて。振り返ってみると、前にオレの部屋で『先輩のことが好きだ』って言ったときだって、ほとんど自分に言い聞かせてたようなもんだったし、ニナが帰ったあとの自分の顔を鏡で見たときも、オレなんて顔してんだよ、って。これがオレの気持ちなのかよ、って、ぶっちゃけ、めっちゃ戸惑った」
「……」
「だけど、それからどんどん先輩の絵が描けなくなっていって、スケッチの途中で先輩から『奥さんが妊娠した』って電話をもらってそっちに向かってるときも、公園に置いてきたニナが今ごろ泣いてるんじゃないかって。……ほんと、そればっかり気になって仕方がなかった」
百井くんの口から、そう苦々しげに吐き出されたのは、わたしと関わるようになってから持ちはじめた、彼の戸惑いや困惑する気持ちだった。
けれど、その苦々しげな口調とは裏腹に、百井くんの顔にはだんだんと赤みが差し、いまだわたしの顎に添えたままの彼の手も、熱く汗ばんでいく。


