「……簡単に言わないでよ……」
「簡単ですよ。好きな人に好きだって言うだけです。ニナにできたことは、先輩にだってできるんですよ。だって、ニナは基本アホです。そんなニナに先輩がわざと負けてやる必要がどこにあるんでしょうか」
その言葉に、ふと、これは百井くんにとって、ある意味、賭けなんだろうと思った。
百井くんは何度もわたしのことを引き合いに出して先輩に訴えかけたけれど、これは、捉え方によっては挑発。
今までとは明らかに違う。
苦しみ、もがいている先輩の気持ちを、このままどこにも行き場をなくさせてしまうか、それとも、この挑発によって持田先生のもとへ届ける決心を付けさせられるかどうかの正念場、瀬戸際なんだろう。
その証拠に、徐々に先輩の雰囲気が変わっていった。
激情がだんだんと静まり、振り上げたキャンバスがゆっくりと、けれど確実に下ろされていく。
やがてキャンバスがコト、と床に下ろされると、深いため息をついた実結先輩は、百井くんには敵わないと言うようにわずかに首を振り、顔をうつむかせた額に片方の手を添えてぽつりと声を落とす。


