亜湖の相変わらずの毒舌をなだめながら思ったのは、実結先輩が初めて旧校舎の美術室に訪れた日のことだった。

あの日の帰り、生徒玄関で偶然ふたりの会話を耳にしてしまったわたしは、百井くんが絵を壊すなんて信じられないと思ったのと同時に、実結先輩の言葉に引っ掛かりを覚えた。

それはわたしに、百井くんと先輩だけの秘密の会話であることを容易に想像させて。

わたしにはけして話してはくれないだろう〝秘密〟を抱えているから、百井くんは先輩に告白〝しない〟んだろうなと。

そう思うきっかけにもなり、顔を真っ赤にして「先輩が好きなんだ」と白状した百井くんを見ても、その気持ちは変わらなかった。


百井くんが抱えているものはなんだろう。

実結先輩が抱えているものはなんだろう。

やっぱり〝絵を壊した〟こと……?


旧校舎の美術室にわたしが出入りしているのを知ってから実結先輩は顔を出さなくなったし、百井くんも、あの性格からして、もうなにも話すつもりはないと思う。

それでもわたしは、百井くんの〝友達〟として力になれることがあったらいくらでも手助けしたいと思うし、もし百井くんが本気で行動を起こすと覚悟を決めたときは、笑顔で背中を押してあげたいとも思う。