それでも僕は努めて滋子の面影を追い払いました。どうして彼女の顔を獣の餌食にできましょう:貴方が、ラファエロを彷彿させると思わないかと、いつだったか彼女の奏でる礼拝堂のピアノを貴方と僕とで聴いていた日曜の午後、僕にそのように言われたその顔を。マツバラ女史の教室で彼女の視線が初めて僕に向けられた刹那、その女性の顔を見た時、僕の脳裏を過った映像は、正に画集で見ていた、無限に柔らかくてたおやかな表情 ─ 慈しみに満ちた表情 ─ を湛えながら、仮にも我が抱くものに危害を加えさせじと、目には見られぬ力どもに向かって目を瞠る、無限に強い顔でした。そうです、あの呪わるべき夜、僕は一方では滋子を意識の外に逃がすことに努めつつ、他方では己が精神を生贄に、己が肉体を餌食に、獣の貪婪をしずめたのです。