『誘い』


たまたま彼女の自転車を直してやったことがきっかけで、俺と彼女の関係は見知らぬ隣人から友人にランクアップした。

といっても、せいぜい日が沈んでから近くのコンビニに一緒に行ったり、俺が昼間に出掛ける時についでに用事を引き受けたりってところだが。

ただ、俺自身は彼女に対して友情以上の特別な感情を抱きはじめていることを自覚していた。

最初は彼女の儚げな美しさに惹かれたのは否定しない。

でも、知り合うにつれて人付き合いに慣れていない不器用な率直さ、まるで子供みたいに無邪気な純粋さ、俺にはない独特の世界観といった彼女の個性に惹かれるようになった。

……でも、彼女は俺のことをどう思っているんだろう?


「どうしたの? 難しい顔して。悩み事?」

外出用のUVカットの眼鏡越しに、葡萄眼と称される彼女の薄紫の瞳が俺を見る。

「いや、別に」

心の中が見透かされたような錯覚を感じて動悸が早まるのを自覚しながら、曖昧に笑って誤魔化して、黄昏時のコンビニに連れ立って入る。

そのまま二人で雑誌コーナーで立読みしていたのだが、しばらくして彼女がタウン情報誌の水族館の広告ページを興味深そうに眺めていることに気付いた。

イルカショーが有名だからそのことかな、と思って横からひょいと覗きこむと、深海の生物フェアなるイベントをやっているようだった。

「なに? 深海の生き物が好きなわけ?」

「うん。ずっと暗い海の底でしか生きられないこの子たちって、陽の下で生きられない私に似てる気がしてなんか親近感」

ちょっとの間逡巡して、誘ってみる。

「……よかったらさ、今度の休日に二人で行かないか? 水族館の中なら暗いから君でも大丈夫だろうし」

一瞬、きょとんとした彼女が、数拍遅れであたふたする。

「……もっ、もしかして、それはまさか、デ、デートのお誘いだったりするのかな?」

「もしかしなくてもそのつもりだけど」

「あわわっ、私、デートなんてしたことないんだけどっ!」

そのあまりのテンパりように思わず吹きそうになる。

「誰にだって初めてはあるから。ようは君が行きたいか、行きたくないかってことだけだよ。……どうする? 決定権は君にある」

彼女は今にも泣きそうな顔で言った。

「……行きたい」


つづく