『白いカラス』


隣の部屋にその人が引っ越して来て、もう半年になるのに、俺はまだ彼女と会ったことがなかった。

そのうち会うだろうと思っていたが、俺と彼女は見事に生活時間が真逆だったらしく、俺が仕事から帰ってきた後で出ていく音が聞こえ、俺が起き出す頃に帰って来る。

半年間で彼女について知ったことは、名前と使っている自転車だけだ。

俺が出勤する時に見上げれば、隣の部屋はぴっちりと遮光カーテンが閉まっている。

なんとなく、それを確認するのが朝の日課になってしまったのが、彼女が俺に及ぼしたささやかな影響だった。



その休日は、目覚ましの設定を変え忘れていたのでいつもの時間に起きてしまった。

ちょっと損した気持ちになったが、ふと思い立ってコーヒーのマグカップを片手に屋上に上がる。

手すりに手をかけ、群青から浅葱色に変わりゆく空に取り残された星を、眠ったままの静かな街を順番に眺める。

「……?」

ふと気配を感じて下を見ると、頭からパーカーのフードをすっぽり被った若い女性が朝日の中、自転車を押しながらアパートの敷地に入って来るところだった。

……そういや、今日は帰って来た音を聞いてなかったな。

なんとなく彼女の様子を覗っていると、彼女は自転車の横にしゃがみこんでなにやら奮闘している様子だった。

ああそうか。と納得して部屋に戻り、工具箱を取って下に下りる。

そして、チェーンの外れた自転車を直そうと頑張っている彼女に声をかけた。

「手伝おうか?」

「えっ?」

振り向いた彼女の顔を初めて見て息を呑んだ。

白人よりも白い乳白色の肌。赤紫の瞳。フードからこぼれる限りなく薄い色の銀髪。

あまりにも現実離れした外見。

彼女は生まれながらにメラニン色素を持たない遺伝子疾患、いわゆるアルビノだったのだ。

彼女がくすりと笑う。

「驚きましたか? 私、白いカラスなんです」


続く