『独り暮らし』


「ただいま」
 
そう言っても誰も「おかえり」とは言ってくれない。

玄関のそばの壁をまさぐり、電灯のスイッチを入れる。
 
朝、家を出る前と全く変わっていない静まり返った部屋。

朝食に使った一人分の食器はシンクで洗われるのを待ち続けている。

 
仕事帰りに買ってきた深炒りのコーヒー豆をミルでカリカリと挽けば、芳ばしい香りが狭い1Kの部屋に充満して、思わず口元が緩む。
 
直火式エスプレッソメーカーを弱火のコンロにかけ、出来上がるのを待つ間に部屋着に着替え、洗い物を終わらせる。
 
コポコポッとエスプレッソメーカーから音がし始めたらすぐに火を止めて、出来上がったばかりの濃いエスプレッソを愛用のマグカップに半分まで注ぎ、倍のミルクを足してカフェラテにする。
 

寂しくない、といえば嘘になる。


だけど、こうした夜のひと時に私はささやかな幸せを実感する。


Fin.