ユウウコララマハイル

古沢――――天使とナツミが勝手に思っている人たちは、共通して極度の人見知りだ。
広瀬も親しく話すまでの雪解けに二年近く要しているし、古沢もきっかけがなかったら話すこともなかっただろうし、ハルもまたそうだろう。
電話口で「連絡しようと思い立ってから二週間以上経ってしまいました」と言っていた。
本当なら古沢にぬいぐるみを預けた時点で声をかけたかったらしい。


古沢はハルの電話を受けてから、悩んでいたことが嘘のようにぬいぐるみの修復を終えている。
ハルと会話をしたことでなにかが吹っ切れたのだと思う。


ナツミが風呂に入る前、リビングで作業している古沢の様子を背後から眺めた。
紙に緑色のペンで天使語を綴っている。
その紙は以前見たものよりも小さく親指の爪くらいの大きさで、その中に十文字以上書いてあった。
それも0.8という太さのボールペンで書かれ、古沢の器用さ加減に驚嘆した。


「なんて書いてあるの、ソレ」


ペンをテーブルに置いた古沢にそう聞くと「ユウウコララマハイル」と呟いた。
意味は「向上心みたいなもん」だと言っていた。


「中村が言った通りだったよ」
「言った通り?」
「俺が風呂に入る前にお前言ってただろ」


はっきりと思い出せないのは、それだけ自分が適当な言葉を言ったということだろう。


「イツキはこのぬいぐるみを持っているということに満足して、今のままでいいと思っている節がある。だから自分が直すとその想いがもっと強いものになって固執から依存になってしまう可能性があるから俺に頼んだらしい。俺はその意図がわかったことで、すっきりしたというか、妙に納得して一気に楽になった。楽になった途端、風呂場にあった入浴剤を思い出したわけ。『向上心を持つのはなにも若者ばかりではない』ってね」


どこかで聞いたことがあるな、と思ったらとある小説の副題だと思い当たる。
古沢に制作を頼んだ入浴剤つきの文庫小説シリーズのひとつ『老人の成長』だ。