ユウウコララマハイル

「おかえり」


古沢はリビングにいた。
ガラス戸が玄関とリビングを間仕切るようにあったのだが、不便だったので取っ払った。
そのせいで古沢の顔がよく見える。


少しばかり心の準備ができていなかったようで、続く言葉が思い浮かばない。


「お前勝手に部屋入ったろ。片づけろよな」


言い方が妙に軽い。
紙のように。
もっと高圧的な、人を屈服させるような怒り方をするのかとナツミは思っていた。
少なくとも古沢はそういう人間だった。


「それだけ? だったら、ラッキー」


呆気に取られるとはこのことだ。
そして妙に感心してしまう。
環境が変化すると性格まで変わるのだと。


「それだけってなぁ、もっと叱られたいってのかよ」
「そんなことは絶対にないけど」


本当かと確認するように古沢が訊く。
それに頷くと、古沢が口角を不敵に吊り上げ笑った。


「しいていえば、ただいまって言ってねぇ。おかえりって言われたら、ちゃんと返すのが普通だろ」


ナツミは素直にその通りにした。
古沢はそれを満足そうに見届けると、視線を手元に落とす。
ナツミは首を伸ばしてテーブルの上を窺うと、そこには裁縫箱とくまのぬいぐるみが置いてあった。
そのぬいぐるみの大きさは産まれて間もない人間の赤ちゃんほどだろうか。
古沢はその背中を丁寧に裂いている最中のようだ。