一方…
鈴がベッドに入り、リンを心配していた頃、林は自宅で、1枚の封筒を緊張した表情で見つめていた。
封筒に記された差出人の名前は【林 千加子】。
(ち、千加子…)
家を出て行ってから音沙汰の無かった妻からの手紙。
大の大人であっても緊張してしまうものだ。
ゴクリ、と生唾を飲み込んで封筒を開き、中に入っていた紙を取り出す。
(もしかしたら、帰ってきてくれるのか?)
淡い希望を胸に、折り畳まれていた紙を広げる林。
「はぁ……………?」
林が紙に書かれていた“離婚届”という文字を理解する時間は長かった。
―何だコレ
―離婚届?
―つまり千加子は俺と別れたがっている?
―もう千加子には俺への愛が無いということか?
ボンヤリする頭を片手で支えながら、さらに文字を目で追うと【林 千加子】と書かれた文字の隣に、印鑑が押してあった。
グシャ
数分の間があった後、林は手に持っていた離婚届をしわくちゃに丸め、床に投げ捨てた。
「ハアー……ハァー……」
あまりに強いショックの為、林は息を荒げながら片膝をつく。
「嘘だ…嘘だ嘘だ!! 悪い冗談に決まっている…そうだ…アイツはイタズラ好きな奴だった……今回だって、どこかに“ドッキリ大成功”とか書かれた紙があるに決まってる!」
ヨロヨロと立ち上がり、テーブルの上に置いてある封筒の中身を確認すると、もう1枚、折り畳まれた紙が見つかった。
それを確認した林は安堵の溜め息を吐く。
だが次の瞬間、そんな甘い考えは粉々に打ち砕かれた。
“菊三さん、私達もう終わりにしましょう。あなたはいつも自分の意見ばかり押しつけてきて、私の話を聞いてくれない。もっと貴方と対等に、色んなことを話したかったのに。私が冷たくなった理由、家を出た理由……きっと、あなたは今でも解っていないでしょうね。もう疲れたわ。今までありがとう、さようなら”
「うわあああああああああ!!!!!!」
読み終えるや否や、林は頭を抱えて悲鳴をあげた。
「イヤだイヤだ!! 千加子と別れるなんてイヤだあああ!!!!」
駄々っ子のように泣き叫ぶ林は、自身の髪の毛をブチブチと引きちぎりはじめた。
「……何で、何で俺ばかり責められる。解ってくれないのは千加子の方じゃないか……俺がこんなにも愛しているのに、解ってくれない!!」
手を止めて、ゆっくりと顔を上げた林の瞳は黒く濁っていた。
「皆、自分のことばかり。誰も俺の気持ちを解ってくれない、理解してくれない。俺がどんなに悲しんで苦しんで、痛みを抱えてると思ってるんだ……」
地の底から沸き上がるような恨めしい声で呟きながら、林はノロノロと自室へ入った。
