「……………………」
あまりのショックでシローは涙も声も出なかった。
本当は泣きたいのに、叫びたいのに。
目はカラカラに乾いていて、唇も固まったように動かない。
手足も自分の物ではないように重く、自由が効かない。
己の感情を爆発させることすらシローには出来なかった。
自分を裏切った妻への憎しみと一番信用していた妻から裏切られた悲しみ。
二つの行き場の無い思いが心を抉(えぐ)っていくような痛みだけがシローの感覚だった。
妻に通帳を取られた末に逃げられたシローは、残っていた僅かな現金を全て酒とタバコに使い果たした。
ショックから立ち直れず、仕事を探す気も起きず、辛い現実から逃げるように酒に溺れていった。
そんな日々を送っていたシローの元に、突然息子からの電話がかかってきた。
電話の内容は「今月の仕送りはまだなのか」という金の催促であった。
息子自身も仕事はしているが、遊ぶ金が欲しいから独立してからも両親に小遣いをねだり続けている。
ちなみに息子にはシローが仕事を辞めたことを知らせていない。
親の気も知らないで図々しい催促をしてくる息子に苛立つが、グッと堪えて事情を伝える。
「…………と、いう訳だから、すまないが仕送りは無理だ……。逆に俺が金を送ってほしいよ……」
遠回しに息子から仕送りを希望するシロー。
だが、息子の返事はあくまでも冷ややかなものだった。
『マジかよ……じゃあ親父なんか用済みじゃん。今時、親父なんか雇ってくれる所なんか滅多に無いし給与も安い。ろくに金も稼げない、妻にも逃げられた……そんなんじゃ生きてる価値ないじゃん』
“親父なんか用済みじゃん”
“生きてる価値ないじゃん”
そんな残酷な言葉が、鋭利な刃物のようにシローの心へ突き刺さる。
赤の他人ならばまだしも、実の息子からこんなことを言われては悲しみも倍になるというものだ。
『ああ、間違ってもウチには転がりこむなよ。金食い虫なんか飼う気にもなれない。……んじゃ、もう電話かけないから、親父もかけてくんなよ』
シローが黙っているのを良いことに、息子は一方的に電話を切った。
「……………………」
シローは呆然と座り込んだままだ。
「…………しょせん、そんなもんか」
ポツリと呟き、天井を見上げる。
「金、金、金が全てなんだ。金が稼げない奴には誰も見向きしない。稼ぎが良い奴にはゴマすって近寄って、収入が無くなれば用済みになって捨てられる」
フラフラと寝室を出るシロー。
「愛なんて無い……気遣い、優しさ、いたわり、思いやり……そんな物は全部ウソっぱちだ! 皆、良い顔してるだけで、裏では利益のことしか考えていない!!」
足元に転がっていた缶ビールをグシャリと踏みつける。
「……もう誰も信じない……信じるものか! 俺は1人で生きていく……信じられるのは、自分だけだ!」
そう叫ぶと、シローは家を飛び出した。
─もう、どうでもいい
─どうにでもなればいい
人の汚さ、無情さ、薄情さ。
それらを嫌というほど家族から味あわされ、心を折られたシローは全ての人間を信じられなくなってしまった。
信じていた愛する家族から捨てられたシローの悲しみは、計り知れない。
