「待ってよお~、お母さん早いよおっ」
買い物袋が重たい為か、ヨロヨロと頼りない足取りの玲二。
気がつけば佐々木と大きく距離を離されていた。
声をかけられて振り向いた佐々木は息子のトロさに呆れたような視線を送る。
「全く、男の子のクセにだらしないわねえ! たくましい子に育ってほしかったのに、どうしてこんなヤワになっちゃったのかしら」
「知らないよう……ていうか、お母さん買いすぎっ! 持たされる方の身にもなってよ……」
「私だって好きで買い込んでる訳じゃないわよ! アンタもお父さんも揃って大食いなんだから、これぐらい無いと足りないのよ!」
昨日の夜、玲二の父親であり佐々木の夫である竜二(りゅうじ)は単身赴任から戻ってきた。
久し振りの愛する夫に会えた佐々木は喜びと同時に不安を覚えた。
食費に関する不安である。
竜二は玲二の父親というだけあって、玲二の2倍はよく食べる性質だ。
しかも、腹一杯食べなければ本来の力を半分しか発揮出来ないという厄介なオプション付きなので更にたちが悪い。
その為、竜二が家に居る間は食費だけで家計が火の車寸前にまで追い込まれる。
だが食べさせずに仕事で失敗をされても困るので、半ばヤケクソ気味に食材を買い込んだのだ。
「とにかく、お父さんが帰るまでにご飯を作っとかなきゃ、また空腹で倒れられてしまうわ。急いで帰るわよ!」
「ラ、ラジャー! ……でも、重たい物は重たいんだよね……はあ……どっこらしょっと」
買い物袋を抱え直す玲二。
「…………んー?」
ふと、視線を感じてそちらを向くと玲二にとって見覚えのある老人の姿があった。
「あっ……ヤベ」
老人――シローは玲二と目が合い、逃げようと踵を返す。
「玲二? 何を見てるの」
「あっ、いや昨日の……」
佐々木が玲二の側に寄って、同じ方向を見ると走り去るシローの後ろ姿が見えた。
「誰あれ? 昨日のって…………あっ」
シローの後ろ姿と玲二の青アザを交互に見て、ピンときた佐々木が声をあげた。
「あのオジさんに殴られたのねっ! 許せない! ちょっと文句言ってくるわ!」
「えええ! ま、待ってよお母さん!」
今にも駆け出さんばかりの佐々木を、玲二が慌てて止める。
「別に大したケガじゃないし、オレは気にしてないよ。それに騒ぎを起こしたら、また同僚さんに嫌みを言われちゃうよ?」
ニコニコ笑いながら玲二は、母に騒ぎを起こさないよう言い聞かせる。
もちろん、玲二だって聖人君子じゃないのだから理不尽に殴られて腹が立ってない訳ではない。
だが、ただでさえ教師の中でも浮いている母の立場をこれ以上――それも自分のせいで苦しくさせる訳にはいかないので、怒りを飲み込んで母を落ち着かせた。
「…………うー……何かモヤモヤするけど……アンタが良いって言うなら……」
腑(ふ)に落ちない様子だが、渋々と佐々木は頷いた。
「うんっ! じゃあ帰ろーよ!」
「ええ……」
買い物袋を抱えて、再び2人は帰路についた。
