意識が戻った時には、玲二は病院のベッドの上に居た。
刺された玲二が意識を失った直後、幸運にも忘れ物を取りに来た講師が発見し、救急車を呼んでくれたのだ。
発見と処置が早かったお陰で、玲二は何とか一命をとりとめた。
だが玲二を刺した犯人は、捕まっていなかった。
現場に凶器の出刃包丁は残っていたが、指紋は検出されず、目撃者もなかった。
不幸は更に続いた。
玲二の見舞いに行く途中だった洋介が交通事故にあい、重傷を負った。
バス亭で立っていた時、突然後ろから誰かに突き飛ばされたのだと言う。
だが、事件現場のバス亭には大勢の人間が集まって人混みとなっていて、犯人を特定することは出来なかった。
更に洋介は事故で負った上半身へのダメージが深刻で、手術の際に両腕をやむなく切除されてしまった。
そして、最後に不幸にあったのは有理。
公衆トイレで、覆面をした人物に足を何度も刺され、襲われた。
現場には玲二の事件と同じく凶器の出刃包丁が残されていたが、やはり指紋も目撃者も無く、犯人は不明のままだ。
3人を立て続けに襲った不幸。
特に洋介は両腕を失い、将来の夢である画家になるのは絶望的だと誰もが思っていた。
だが、洋介は諦めなかった。
「腕が無くても、足があるじゃないか」
彼はそう言って、足を使って絵を描く特訓に励んだ。
玲二と有理も、必死に頑張る洋介を親身になって支え、応援していた。
1年の時が流れた後、3人が事件で負った傷も完全ではないものの癒えて、フランス留学が決まった有理は日本を去った。
何度も挫折しながらも洋介は努力を重ね、ようやく足で絵を描く術を身につけた。
洋介と有理は事件から立ち直り、再び絵を描くようになったが、玲二だけは立ち直れずにいた。
忌々しい事件のせいで、PTSD(心的外傷後ストレス傷害)を患(わずら)ってしまったのだ。
絵を描こうと鉛筆や筆を持つと刺された時の出来事がフラッシュバックし、手が震えて落としてしまう。
事件から6年経った今でも、玲二のPTSDは治る様子が無く、あの事件以来、彼は大好きだった絵を描くことが出来なくなってしまったのだ。
