*** AM8:40 社長室

「……社長? そろそろお時間です」
 美月の声。
「……わかった」

 四月一日。新入社員の入社式。毎年恒例の社長挨拶。

 ……だが……

 今日はいつになく緊張している。……たった一人の新入社員、が原因で。

「らしくない、な……」
 独り言を言いながら、自嘲気味に笑った。
「社長?」
 美月の声。
「ああ、今行く」
 社長室を出る。美月がすぐ傍を歩く。

 ……内村 楓。二十歳。短大卒。

 彼女の履歴書を見た時……心臓が止まるかと思った。

 ……瓜二つ、だ。『彼女』に。

『どんな理由があっても内定だせ』
 ……そう言ったら、美月は目を白黒させてた。

 内定を受ける、と連絡があった時、思わず安堵のため息を洩らしていた。
 どうしても、会いたかった。この女の子に。

 彼女に、
『お前は空を飛べるのか?』
 ……そう、いきなり聞いたら、びっくりされるだろうな。

 そんな事を思いながら、新入社員が待つ会議室に向かった。

***AM9:15 会議室

「……新入社員のみなさん、ようこそわが社へ。私が社長の高橋和也です」
 壇上の上から、会議室を見回す。今年の新入社員は五十四名。
 皆リクルートスーツに身を包み、緊張した面持ちで、こちらを見ていた。

「……わが社は、今年で創立六年目、というまだまだ若い企業です」

 ……いた。前から三列目の端に。

 ――一瞬、目があった。心臓が鼓動を止めた。
 同じ……瞳、だ。

 ……一拍後、また話しだす。
「……わが社の成長には、皆さんの力が必要になります。我々と共に、この会社を発展させていきましょう」

*** AM11:30 社長室

「……今日は、らしくなかったわね、和也」
 美月……伶子が、普段着の話し方をした。
 めずらしいな、社内ではいつも秘書モードなのに。
「何が?」
 伶子に聞きかえす。
「……あの子。そんなに気になるの」
「……」
「まあ、ちゃんと挨拶もして、見かけ上は普通だったけど、私の目は誤魔化せないわよ」
「……」
 長い付き合いだと、こういう時に困るな。ただでさえ、頭が切れるやつだし。
「……まあ、様子見、だな」
 俺は独り言のように呟いた。