風が今日も気持ちいい。月の光も、優しく包み込んでくれる。
 いつもと同じ、満月の夜。

 ……隣に、この人がいなければ。

「……本当に、飛ぶんですか?」
「ああ。落とすなよ」

 髪をほどく。解放された髪の波が、満月の光を吸収する。
「……しっかりつかまってて、下さいよっ!」
 そう言って、社長の腰に手を回し、しっかりとしがみつく。社長の手が、私の肩に回る。

 ……私は、思い切り屋上の床を蹴った。

「これは……!」
 社長が下を見て、興奮したように言った。
 きらきら光る、街の明かり。全身をつつみこむ風。月の光が温かく降り注ぐ。

「お前、ずるいな」
「は?」
「こんな気持ちいい事、一人占め、なんだろ?」
 んーっと、目を瞑り、両手を広げて、社長が言う。
「一回転とか、アクロバット飛行とか、できないのか?」
「や、やめて下さいっ!」
 こうやって社長にしがみついて空飛んでるだけでも、エネルギー消耗してるっていうのに!! 私は焦って言った。
「ほら、もう降りますよっ!」
「もう少し」
「だ、だめですっ! 私、力が不安定なんですよ!? 落としたらどうするんですかっ!」
 ちぇ……と文句を言う社長の目は、子供みたいに拗ねていた。

 ……態度も子どもよね……うん。

 ゆっくりと下に降り……とんっと、屋上に降り立った。ふうっと、大きな息を吐き、社長から手を離した。
「な、何事もなくて、よかった……」
 社長がこちらを向く。
「そこまで緊張することじゃ、ないだろうが」
「き、緊張しますよ! 人を抱きかかえて飛ぶ、なんて初体験なんですからっ!」
「……だったら、慣れろよ。これから満月の度に飛んでもらうからな」
「えええええっ!?」
 目が本気(マジ)だ。
「や、やめて下さい、社長! 怪我とかしたら、どうするんですかっ!」

 ……急に不機嫌そうな顔、になった。

「……和也、だろ」
「う……は、い……」
 こんなにじっと見られたら、言いにくいんですけど!? 私は俯き加減に、言った。
「か、和也……さん」
 やっぱり、小声になってしまう。居心地悪いというか、なんというか……。せ、背中がむずむずする感じ……。
 社長……和也さんは、じっと私を見て、大きくため息をついた。
「まあ……今はそれで勘弁してやる」
 ……今は……って、ナニ……。どう考えても、嫌な予感しかしない。

「俺の家に寄ってから、お前の家に行くぞ」
「……はい……」
 なんかもう、やけっぱちになってきたわ……。
 先を歩く大きな背中の後で、屋上の階段を降りる。

 本当に、この人、何考えてるんだか……。

 はああ、とため息をつきながら、私も早足で和也さんの後を追いかけた。