「は?」
 思わず聞き返すと。
「いいから今すぐ泣けって言ってんだろうがっ」
 と怒鳴られた。
「いいか、あんた。あんたがぶつかってきたせいで割れた瓶には、生後3日の赤ん坊の涙が入っていたんだ。これを手に入れるのに俺がどんだけ苦労したと?」
 意味不明だが、怒ってるのは理解できる。
 が、しかし。
「無理です」
「なにが?」
「あたし。泣いたこと生まれて一度もないんです」
「……本当にか?」 
 うなづくと彼は掴んでいた襟元を離した。
「まあ、ちょっと時間かせ。それくらいいいだろ?」
 一瞬名残惜しそうに、瓶を見てそれから歩き出す。
 無人の改札を出て、あたしは罪悪感から、黙ってついていくことにした。