電車の走り去る音が遠くになるにつれ、あたしは冷静になり、とりあえずその人から素早くどいた。
「だだだ、大丈夫ですかぁ?」
 思わず声が震え裏返ってしまう。
 相手が身動ぎ一つしないからだ。
「あ、あの」
「っ、てぇ」
 いきなりムクッと身を起こすと、ぎろりと睨まれた。
「あんた、目はどこについてんだ」
 白い肌、サラサラとした赤茶色の耳までかかる毛、整えられた眉毛に、二重の大きな瞳、すっと伸びた高い鼻に、薄いピンク色の唇。黒いTシャツにジーンズとラフな格好だが、綺麗な顔立ちで身なりも品もよさげで、俺より僕というのが似合いそうな二十歳前後の青年だ。
 あまりにも釣り合わない物言いに惚けていると、「聞いてんのか?」と続く。
「ごごめんなさい」
 ちっと舌打ちして、彼は立ち上がり、ジーンズのポケットを探った。
 あたしは息を飲んだ。彼の探しているだろうものが、彼の足下にあり、いや原型はなくなっているからだ。
 頭の中の点滅信号が赤色で光る。
「ケガないみたいでなによりです。じゃあ」
 逃亡しようと踵を返す。
 彼が気付く前に。
 と、思ったら制服の襟を引っ張られた。
「おい、あんた」
 首をものすごくぎこちなく向けると、赤い粉々になった香水瓶が落ちている。
 ずいっと顔を寄せられた。
 息がかかりそうなほど近く。
 心臓がバクバクうるさい。
 何も言えなくなるほど喉がカラカラに乾く。
「今すぐここで泣け」