ハルはそのまま何も言わず
楽器をあちら側の
ソファの上に置いて、机の上にある
ハルの飲みかけの水割りが入った
コップに手を伸ばした。
そして一口喉に流し込む
そして深呼吸をした
「なんかさ、スタジオの録音て
何度も練習して、同じように演奏しなくちゃ
ならなくて。
時々息がつまるんだ。
もっと自由にこう演奏したいとか
思っちゃうんだよね。」
そう言ってようやく笑顔になった。
「あー、少しスッキリしたかな。」
そう言ってニヤリとする
その笑顔はいつものハルだ
でも、何かが違う
なんだろう
私は何も言わずに彼を見つめる
何かあったのかな
心配な私は、彼を見つめつづけた
そして今の会話の中に
私の知らない東京での
ハルの姿が浮かんだ
ハルは何か考えごとをしながら
さっきまで立っていたいたステージを
見つめていた
その瞳に浮かぶもの
不安だ
ハルは不安なのだ
私とあなたの間にある
ソファの上の僅かな隙間
そこに置かれたハルの右手は
何もないのに、固く結ばれていた
私はためらうことなく
そのこぶしに自分の右手を重ねた
どうして気付かなかったのだろう
自分の気持ちに精一杯で
ハルの気持ちなんて考えてなかった。
もし、私が彼なら間違いなく不安だ
新しい環境
間違えることのできない仕事
私の様な、誰かができる仕事とは
違うプレッシャーがあるのかもしれない
ううん、多分そう
私のいつもしている仕事は
間違えたらなおすことが出来る
多分ハルの仕事は違う
その一瞬一瞬が戦いなのかも
慣れない街で独り
戦う彼の姿が浮かんだ
その瞬間、彼が愛しく思えて
抱きしめたくなってしまった
「ごめんハル、私自分の事しか
考えてなかった。」
ハルは何も言わず、自分の手の上に
乗せられた私の手を左手でつかむと
後ろへと引き、私を抱きよせた

