『ねぇ、世界のひっくり返し方って知ってる?』

秋の夕暮れの帰り道、エナの突然の質問に僕は戸惑った。


『何それクイズ?
全然わかんない』


僕は首を捻り、問い返した。


『もー!少しは考えてよ!』


エナはそう言って怒ったように頬を脹らます。


『ヒントは公園だよ』


そう言ってエナは僕の背後を指差した。


振り返ると、そこには公園がある。


砂場と鉄棒くらいしかないその小さな公園は毎日のように視界に入るが、改めて見てみると、夕暮れに染められた忘却の中でやけに寂しげな感じだ。


『来て!』


エナはそう言うと、公園へと向かい鉄棒がある砂場まで走った。


一瞬嫌な予感がしたが、取り敢えずはエナに従うことにした。


『いい?今から世界をひっくり返すからね〜』


鉄棒を握ったエナは意地悪な笑みを浮かべると、一気に逆上がりをして見せた。


そして、逆さまの状態で制止したエナは僕を見ながらこう言った。


『ほら!世界がひっくり返った!』


やはり嫌な予感は的中したようだ。


『逆さまなのは世界じゃなくて、お前だろ。
子供じゃあるまいし』


僕が呆れて溜め息をつくと、エナはお馴染みの意地悪な笑みを浮かべるとこう言った。




『気分だけ、気分だけ』



――――――――………



それから数日もしない内に君は俺の前から居なくなり、あの秋空へと逝ってしまった。




『…ったく、サヨナラも無しにズルい奴だよ…』

僕は、10年振りに訪れる相変わらずの寂れた公園でポツリと呟いた。


エナが亡くなってから無意識の内に避けていたこの場所に立っているだけで、視界が滲んでボヤけてくる。


秋の夕暮れ時、
僕は一人、砂場まで歩き鉄棒を両手で強く握り締めた。


そして、あの日エナが見せてくれたように逆上がりをしてみる。


『これが、エナが見た景色か…』


砂の空と茜色の大地…。確かにエナの言ってた通りに、世界は簡単にひっくり返った。


こうしていると、エナが居るであろう秋の空に立っているような気がして、止めどなく溢れる涙が砂の空へと落ちてゆく。



『子供じゃあるまいし!』


ふと、秋の木枯らしに乗り、意地悪な笑みを浮かべたエナの声が聞こえたような気がした。




だから、僕はこう言い返してやったんだ。






『気分だけ、気分だけ』



fin