マスターと初めて出会ったのは、冷たい雨が降る廃棄物集積所でのことだった。
『綺麗な瞳だ。
君にはエナという名前をあげよう』
蝙蝠傘をさしたマスターはそう言って、ゴミに埋もれた僕に手を差しのべてくれた。
―――――…
『マスター。準備完了です』
僕の朝は、マスターの仕事の準備から始まる。
『偉いぞエナ。
さて、出発するか』
マスターはいつものように僕の頭を撫でた後に、大きなアタッシュケースを握ると、いつものように玄関に下りた。
『そうだエナ。
今日は私についてきて、仕事の手伝いをするんだ』
いつもは、マスターが仕事に出掛けた後、僕はこの自宅のメンテナンスをやっている。
『了解しました』
今日も色々とやることがあったが、マスターの命令を断る理由も権限も無い僕は、マスターに連れられ家を出た。
『今日は、ずぶ濡れのエナを見たい気分でね』
蝙蝠傘をさしたマスターは、傘の外を歩く僕を見つめながら呟いた。
濡れた僕が見たいのなら、自宅の浴槽にでも落としてくれたら良かったのにと思いながらも、僕はマスターに笑顔を向け続けた。
真っ黒な空が降らす千年雨を栄養にしているかのように広がる鋼鉄の都市。
行き交う人間とアンドロイドの雑踏の中、ふと見上げれば
巨大なビルのエキシビションに映るバーチャルで形成された美しいアイドルが無表情で歌っていた。
何のことはない
これが人類の望んだ未来だ――――――――…
『さあ、着いたよ』
人気のない郊外まで歩いてきたところで、マスターは立ち止まった。
そこは、あの日僕が拾われた廃棄物集積所だった。
このゴミの山から使えるモノを見つけてリサイクルするのがマスターの仕事だ。
『エナも収穫に協力するんだ。
役に立ちそうなモノを見つけたら私を呼びなさい』
マスターの命令で、僕は悪臭漂うガラクタの絨毯を歩き出した。
至るところに転がっているのは、あの日の僕と同じ、役目を終えた大量生産品たち。
その、無数の色を消した瞳が、僕のことを恨めしそうに睨んでいるように見えてきて思わずよろけた物音で、
何かの塊をくわえた鴉が暗い空へと飛んだ。
『た…たす…けて…』
そんな声が、どこからか聞こえてきた。
か細く消えそうな弱々しい声だ。
『おね…がい…たすけ…て…』
再びその声がした時、僕の視界には一人の少女が映っていた。
その少女はうつ伏せの体勢のまま、腰の辺りを巨大な室外気の下敷きにされていて、僕の方へと必死で手を伸ばしていた。
『偉いぞ。よく見つけたね』
気がつくと、いつの間にか僕の背後に蝙蝠傘のマスターが立っていた。
マスターは片手を、少女に乗っている室外気に添えると、軽々しく押し退けた。
『あ…あ…』
怪我をしているせいなのか、それとも恐怖に怯えているせいなのか、
少女はうつ伏せのまま動けないで震えていた。
『さて、エナ。
コレを運びやすいように解体しなさい』
マスターはそう言って蝙蝠傘を折り畳むと、僕にその傘を手渡した。
『今日のお前の夕食だよ…』
冷たい雨音に混じるマスターの囁き声に誘われるかのように、僕は蝙蝠傘を振り上げた。
『や…やめて…』
少女は怯えた表情で僕を見つめ、かすれ声を絞りだした。
真っ黒な空を旋回している真っ黒な鴉が嘲り笑うかのように鳴いている。
鮮血に染まる視界。
何のことはない
これが人類の望んだ未来だ――――――…
Fin
『綺麗な瞳だ。
君にはエナという名前をあげよう』
蝙蝠傘をさしたマスターはそう言って、ゴミに埋もれた僕に手を差しのべてくれた。
―――――…
『マスター。準備完了です』
僕の朝は、マスターの仕事の準備から始まる。
『偉いぞエナ。
さて、出発するか』
マスターはいつものように僕の頭を撫でた後に、大きなアタッシュケースを握ると、いつものように玄関に下りた。
『そうだエナ。
今日は私についてきて、仕事の手伝いをするんだ』
いつもは、マスターが仕事に出掛けた後、僕はこの自宅のメンテナンスをやっている。
『了解しました』
今日も色々とやることがあったが、マスターの命令を断る理由も権限も無い僕は、マスターに連れられ家を出た。
『今日は、ずぶ濡れのエナを見たい気分でね』
蝙蝠傘をさしたマスターは、傘の外を歩く僕を見つめながら呟いた。
濡れた僕が見たいのなら、自宅の浴槽にでも落としてくれたら良かったのにと思いながらも、僕はマスターに笑顔を向け続けた。
真っ黒な空が降らす千年雨を栄養にしているかのように広がる鋼鉄の都市。
行き交う人間とアンドロイドの雑踏の中、ふと見上げれば
巨大なビルのエキシビションに映るバーチャルで形成された美しいアイドルが無表情で歌っていた。
何のことはない
これが人類の望んだ未来だ――――――――…
『さあ、着いたよ』
人気のない郊外まで歩いてきたところで、マスターは立ち止まった。
そこは、あの日僕が拾われた廃棄物集積所だった。
このゴミの山から使えるモノを見つけてリサイクルするのがマスターの仕事だ。
『エナも収穫に協力するんだ。
役に立ちそうなモノを見つけたら私を呼びなさい』
マスターの命令で、僕は悪臭漂うガラクタの絨毯を歩き出した。
至るところに転がっているのは、あの日の僕と同じ、役目を終えた大量生産品たち。
その、無数の色を消した瞳が、僕のことを恨めしそうに睨んでいるように見えてきて思わずよろけた物音で、
何かの塊をくわえた鴉が暗い空へと飛んだ。
『た…たす…けて…』
そんな声が、どこからか聞こえてきた。
か細く消えそうな弱々しい声だ。
『おね…がい…たすけ…て…』
再びその声がした時、僕の視界には一人の少女が映っていた。
その少女はうつ伏せの体勢のまま、腰の辺りを巨大な室外気の下敷きにされていて、僕の方へと必死で手を伸ばしていた。
『偉いぞ。よく見つけたね』
気がつくと、いつの間にか僕の背後に蝙蝠傘のマスターが立っていた。
マスターは片手を、少女に乗っている室外気に添えると、軽々しく押し退けた。
『あ…あ…』
怪我をしているせいなのか、それとも恐怖に怯えているせいなのか、
少女はうつ伏せのまま動けないで震えていた。
『さて、エナ。
コレを運びやすいように解体しなさい』
マスターはそう言って蝙蝠傘を折り畳むと、僕にその傘を手渡した。
『今日のお前の夕食だよ…』
冷たい雨音に混じるマスターの囁き声に誘われるかのように、僕は蝙蝠傘を振り上げた。
『や…やめて…』
少女は怯えた表情で僕を見つめ、かすれ声を絞りだした。
真っ黒な空を旋回している真っ黒な鴉が嘲り笑うかのように鳴いている。
鮮血に染まる視界。
何のことはない
これが人類の望んだ未来だ――――――…
Fin