雪の季節に陥落した巨大な王城は、長きに渡る戦いを終えた戦士たちを見据えているかのように聳えている。


その記念すべき日
僕は、雪化粧が施されている石造りの階段を夢中で駆け上がっていた。


短く切れる白い吐息の中に浮かぶのは、エナが待つ約束の雪原へと向かっていた遠い昔の幼い記憶。


あの雪原は僕と彼女だけの王国で、僕が王様でエナはお姫様…。
僕が雪で作った王冠を、彼女は嬉しそうに頭に乗せて無邪気に笑っていた…。


でも、王冠はすぐに溶けてしまって、その髪はいつもずぶ濡れで…。


だから僕は彼女に約束したんだ…。


いつか僕が本当の王様になって、君に消えてしまわない王冠をプレゼントすると…。






――――――…






城の頂上の純白なる広場に辿り着いた僕を、エナは一人で待っていた。


あの日から随分と大人びている彼女は、あの日とは違う立派な装飾が施された金属の王冠をしている。


『何年ぶりかしら…』


エナはそう言って懐かしげに、されど切なげに微笑んだ。


『随分と待たせてしまったね。迎えに来たよ』


戦いが終結し、喜びと悲しみが祝福の歓声と雪にまみれて
空も大地も全部が真っ白なこの一時こそが、彼女をさらって連れて行ける唯一の瞬間なのだ。


『さあ、行こう。
誰も…運命さえ届かない地へ二人で逃げるんだ』

僕はエナへと歩み寄りながら手を差しのべた。


『来ないで』


だが、エナは冷たくそう言い放ち、黒い銃口を僕へと向けた。


『貴方は革命軍のリーダなのよ?
背負ったモノを全部を投げ捨てて、討つべき敵である私と一緒に逃げようだなんて…
そんな夢物語…貴方らしくないわ…』


エナは、銃を構えたまま泣いていた。


『心配ないさ。全部を捨てる代わりに、運命が僕らから奪ったものを返してもらうだけさ』


僕が宥めるようにそう言うが、彼女は首をゆっくりと振った。


『ダメよ…。私は沢山の命を、希望を、夢を…奪い過ぎたわ…』


エナは銃口を僕から外すと、自分のこめかみに添えた。


『よせ!何してる!銃をおろすんだ!』


僕は思わず腰のホルスターから銃を抜き、銃口を彼女へと向けた。


『最期に…
貴方の顔を見れて良かった…。
貴方の声を聞けて良かった…。
あの頃と変わらない貴方に逢えて良かった…』


泣きながら微笑んでいる彼女を、降り始めた雪が霞ませてゆく。


『やめろ…やめてくれ!!』


僕は…僕は必死で叫んだ。






―――――…




真っ白な世界に響き渡る1発の銃声。


『一緒に…逃げようだなんて…まったく…
貴方らしい…優しい夢物語ね…』


深紅の雪に倒れているエナは、安らかな表情で僕を見つめている。


『エナ…どうして…こんな…』


僕はエナを撃った銃を足下に落とし、彼女に寄り添うように泣き崩れた。

『泣かないで…
貴方は…私から冷たくて重い王冠を外してくれたんだから…』


傍に落ちている鉄の王冠は沈むように雪に突き刺さっている。


『私が…欲しかったのは…あの雪原で…貴方が…いつも…作ってくれていた…温かい…雪の…』


エナは僕の頬を伝う涙に震える指先でそっと触れながら、昔と同じ無邪気な笑みを見せてくれた。


祝福の鐘が鳴り響いている雪の季節…。
全部が真っ白に染まる世界で、真っ白な眠りについたエナと交わす最後の口づけ。




今だけは降りやまない雪が二人を隠して、あの日の景色を再現してくれている。




エナに捧げた最後の雪の王冠は…


いつまでも…


いつまでも…



溶けないまま――――…。



Fin