「何か、食べるか?」
動いてないからいい…
そんなこともなくって、私は素直にうなずいた。
「何がいい。おにぎりとか…色々あるぞ」
なんでも。
そっけなく答えるとそうか、と言ってホセはパンをいくつか取り出してサイドテーブルに置く。
「悪いな。今度は作るから」
つまり出来立てじゃなくて悪かったということで、私は首を横に振る。
もっと、手抜いてもいいのに、って。
「…苦しい思いさせてるのにこれ以上不自由させない」
誘拐犯がそんなこと言うもんじゃありません。
言ってやりたくなるのも無理はないでしょ?
「何か欲しいものはあるか?」
時計。
まず私はそういった。
するとホセは少し悲しそうに、時間の測定はだめだ、という。
正確じゃないやつならいい、と微笑んですらりと立って壁に時計をかけた。
北欧調のシンプルな時計だったけど、狂っているのはすぐにわかった。
「悪いな、苦痛だっただろう…」
切なそうに微笑んだホセはそのままビンのジュースを取り出してカップに注いだ。
オレンジ色のジュースで、甘い香りが漂った。
「他にないのか…?」
遠慮がちに聞いて、ホセは私の肩を抱く。
嫌悪感はなくて、そのまま私は体を預けた。
「クラウン…」
強いて言うなら、素手で頭撫でてほしいな。
可愛く甘えて言うとはぁ、と久しぶりのため息に続いてホセの体温がそのまま伝わってきた。
視界に映った思ったより華奢な指はすらりと伸びていて、弄ぶように頬をなぞる。
初めてかもしれない感覚に私は耐えきれずにギュッと目を閉じた。
「嫌か?」
ううん、そういうとホセは顎に手を添えてわずかに上を向かせる。
びっくりして声を上げかけて、その声が出なかった。
ホセ…?
目を閉じることすらできずに、私は近すぎるホセの顔を凝視していた。
唇が合わさっていることと、ホセが涙を流していることが、二つとも信じられなかった。
「スキ」
やけに幼稚な一言と、優しい笑顔がどこか非現実的で、私はそっと悲しげにホセを見ていた。

