「あ、茜ちゃんだ~。なあに?忘れ物?」
「な、奈々ちゃんっ」
見つけた。
「あのさ、野球部まだ練習してるって聞いたんだけど…」
さっきまで高まってた気持ちはだいぶしぼんでしまった。
走って疲れたからかな…。
チラリと奈々ちゃんの表情を窺う。
彼女の眉間にはシワが寄っていた。
「私に嘘、ついたんだよね?」
奈々ちゃんのシワはどんどんこくなっていく。
恐い。
すごい恐い。
でも、言わなきゃ。
「なんで嘘なんかついたの……?」
「……あんたが嫌いだからよ」
低かった。
奈々ちゃんの声は、底をつくくらい低かった。
「あんたが嫌い。私はあんたが嫌い。
なんで、あんたが陽太と付き合ってんのよ…」
「あ、あの…」
「ほんっとムカつく!!」
「………っ!!」
気持ちより先に体が動くとはこういうことなんだと、気づいた。
私は奈々ちゃんを吹っ飛ばしていた。
左手で、殴っていた。
最後の最後で理性が働いて、利き手ではない左手で、殴った。
「………」
ハッとして我にかえる。
奈々ちゃんの反応がない。
ただ、体がぴくぴくとなっている。
気絶してしまったようだった。
「…やばっ、やっちゃった」
やっちゃったじゃ済まされないよね、これ…。
見渡したらすごい数の人が集まって来ていた。
その中に陽太の姿はない。
「ど、どどどどどどうしよう………」