昼休み。
私は中庭のベンチに座って陽葵を待っていた。
「よ。忘れなかったんだな、ちゃんと」
陽葵はだらだらと歩きながらこっちに向かって来た。
「なにそれ、私が忘れるとでも思ったの?」
「そりゃあな」
「ねえ、それどういう意味?」
昨日も同じ台詞を言った気がする。
「そういえば、優太も呼んである」
「あ、そうなの」
久しぶりに3人で話せる。すごくワクワクする。
小学生の時の記憶が甦る。楽しかった日の思い出が。
「おっす」
優太は陽葵とは違って走って来たようだった。
おかげで息も髪も乱れてしまっていた。
「あれ?茜も来てたのか」
「ああ。俺が呼んだんだ」
「で、何か話があるんだよね?陽太」
陽葵は私の方を振り返り、頷いて言った。
「話、というか相談があるんだ」
「相談?悩み事でもあるの?」
「………」
陽葵は言いにくそうに黙ってしまった。
いつもクールで少しふざけているような陽葵がこの状態とは珍しかった。
「どうしたんだ!?今のクラスでいじめられてるのか」
優太は相変わらずうるさい。
陽葵の肩をブンブン揺らして訊いている。
意識が飛ぶんじゃないのか、あれ。
「いじめは受けてないけど、ただ…」
「ただ?」
「…一昨日、彼女と別れたんだ」
「え、マジで」
「うっそ。ホント?」
「嘘ついてどうすんだよ」
陽葵はそう言って悲しそうに笑った。
確か陽葵と付き合っていたのは、陽太と同じクラスの長谷川奈々(はせがわなな)ちゃんだ。
奈々ちゃんは可愛くて、性格も本当に良いらしい。
「奈々は茜と俺の仲が良いのが気に食わなかったらしい」
「え、そんな私のせいか。なんか、ごめん」
「イヤ、別に茜のせいじゃないけど。
たまにお前と喋ってたりすると浮気、とか言って責められた事もいつものことだったから」
陽葵は言わないけど、それはきっと私のせいだ。
私と、陽葵が仲が良いのが悪い。
イヤ、別に仲が良いことに悪いことはないけど。
「まぁでもこの話は誰にも言ってない。優太と茜には言わなきゃと思っただけだから」
「そうか…。じゃあこの話は他の奴等には言わない方がいいってことだな」
「…あのね優太。こういう話は普通あんまり広めちゃダメなんだよ」
「ア、そうか…」
「特に陽葵の話なんて広めたら絶交しちゃうよ」
「そんなに罰を受けなきゃ駄目なのか…」
「そうだな。総スカンしないとな」
「それはひどくない!?」
「ところで…」私は座っていたベンチから腰を上げながら言った。
「相談ってことは、その別れたことで悩んでるってことだよね、陽葵?」
陽葵は俯いて苦虫でも噛んだ顔をした。
私の問いに答えようとする素振りがなかったので私は続けて言った。
「陽葵がさっき私の教室に呼びに来たとき、暗そうな表情してたから心配して来たんだよ。私。
だから言ってほしいな」
「そうだぞ、俺だって心配してきたんだ」
優太が私に続けて言った。
この時、優太はとても優しい顔をしていていつもと違って大人っぽかった。
「私達、何年一緒にいるのよ。何言われても引かないし、言ってみ」
「……俺が呼んだけど、やっぱりお前らに言って迷惑かけたりするのが嫌なんだ。だから…」
「だから?だから何?私達じゃ不満でもあるの?」
「そういうことじゃなくて、…その、……
」
陽葵はなかなか言ってくれない。
よっぽどの事があったんだろうか。
さっきまで笑っていた表情が全く見当たらない。
「言えよ。言って、すっきりしたらいいんじゃないか」
優太が陽葵を急かすように言った。
「……俺、奈々で付き合うの5回目だった。
でもそれまでは付き合ってたやつらに全然好きとか思わなかった。
でも奈々だけは違った。
他のやつらと違って俺の外見じゃなくて、中身を見てくれてた」
陽葵の声に抑揚はなかった。
ただ絶望や失望と言った感じだった。
「俺にも誰かと初めて付き合うまではずっと好きな奴もいたんだ。
好きでもないヤツと付き合ったら好きだったヤツのこと普通にに忘れてった。
でも納得は出来なかった。
だから奈々は、自分から好きって言えた唯一のヤツだったんだ」
そう言って陽葵は「ははっ」と無理矢理に笑った。
話している途中、怒りがこみ上げてきた。
誰がこんなに陽葵を傷つけたんだ。
なんでこんなに泣きそうになっているんだ。
感情は数えきれないほどたくさん出てきて、涙も一緒に出そうだった。
優太が私と同じ位置にいたのに急にいなくなったと思ったら、陽葵の後ろにいた。
そして次の瞬間、優太は陽葵に後ろから抱きついた。
「うわっ。何すんだお前!キモいキモい」
「可哀想な陽葵がどうしても包みこんでやりたくなっちまって…」
「いやいやいや、キモいって!ちょっと離れろよ!つーか茜も止めろ!」
イヤ、私は知らない。そんなこと見ていない。
「茜!お前見るからに気付かぬふりしてんじゃねえぞ!
うわっ、優太近い近い!キモい、ホントにキモいんだけど!」
もうこっちも見るに耐えられなくなってきたので、優太を陽葵から引き剥がした。
「もう!いい加減にしてよ。私が気持ち悪くなるから」
「お前、自分のことしか考えてねーじゃん」
陽葵が地面に直接あぐらをかいて、ぜぇぜぇ息を切らしながら懸命に声を絞り出していた。
でも私にはさっきの怒りとは対照的に満足感が胸を踊っていた。
きっと久しぶりにこの3人で喋って、笑えたから。
「お前ら、ありがとな」
陽葵がそう言って笑った。

