夏休みに入った。
当然のことながら、私は落合先生に一度も会うことはなかった。
部活はたまに顔を見せて、見学だけしていた。
もう私たちをしばる先輩はいないのでけがをしていても、行きやすくなった。
「ねえねえ、茜」
バッティング練習の片付けをしていると優花と、ピッチャーの詩羽(うたは)が話掛けてきた。
「この間、屋上で倉元(くらもと)と抱き合ってたよね」
ニヤニヤしている二人に私は一瞬、倉元って誰だっけ、と考えてしまった。
「あ、倉元って優太のこと!?」
「そうだよ。他に誰がいるのさ」
「いや、倉元なんて呼んだことないからわかんなかった」
「で、なんで抱き合ってたの?
付き合ってんの?」
「え、そんなんじゃないよ!」
なぜすぐにそうなるのだろう。
友達とくらい抱き合うことくらい…しないか。
「付き合ってないよ」
「へえ~、でも園川は違うの?」
「園川って陽葵?」
「うん」
「園川も倉元もどっちも顔はいいもんね」
「そうかな?」
「まったく、この超鈍感やろーがっ」
そう言って、二人に同時に頭をはたかれた。
「園川は知らないけど、倉元はどっからどう見ても茜のこと好きだろ」
「うっ…」
そう言われると、先日の屋上のことを思い出して顔が熱くなる。
「なんだそれ。
…もしや、告白された?」
もう自分が嫌だ!
こんな顔に気持ちが出る自分が嫌だ!
「わあっ、赤くなった!めっちゃ赤い!
マジで!?告白されたんだ!」
「ちょっ、優花、詩羽、声でかい」
「きゃ~~!茜に彼氏ができました~!」
「マジででかいって!」
「茜に彼氏!?」
向こうの方にいたみんなまで反応した。
マジでやめて……。
これを優太に見れたら怒られるかも……。
「茜がどうしたって?」
「……うわっ」
後ろにいたのは、本人の優太だった。
バスケ部のはずの優太は外練習で、たまたまソフト部のグランドの前を通ったそうだった。
「ひゅー!彼氏登場だ~!」
「マジでやめろー!」
「まあまあ、いいじゃん。
怒りなさんな」
ってなんで優太に宥められてんの!?
優太も怒るところじゃないの?
逆に嬉しそうだ。
「まあまあ、みんな落ち着け。
騒ぎたい気持ちもわかるが、俺たちは付き合ってない」
みんなの中からブーイングが起こる。
「でも、もうすぐしたら俺のモノになる予定だから覚えといて!」
さっきまでのブーイングは一瞬消えて、一瞬で歓声に変わった。
私もびっくりして何も言えなかった。
優太は、思った以上に恥ずかしかったのか、言った後逃げるように走って行った。
「茜、良かったね!」
「あんなに想われてるなんて、スッゴい羨ましいよ」
「やバーイ、今の倉元スゲーカッコ良かったね」
みんな口々に言うけど、私の耳には入って来ず、優太の言葉だけが頭の中をこだましていた。
顔だけに熱がこもって、沸騰しそうになった。