「優太、苦しい…」

「あ、悪い。
痛かった?」

腕をほどいて優太は私に尋ねた。

苦しいと言ったのは、嘘だ。

優太が私に触れる手はいつだって優しいに決まっている。

「ううん、大丈夫」

「そうか。よかった」

本当は落合先生にフラれて悲しいはずなのに、なぜか気分はそれほど悪くなかった。

逆に、少し浮かれているようだった。

落合先生を好きになる前まで、ずっと好きだった優太から告白されたのだ。

その事実は私のなかでは夢のようだった。

「……優太、最近大人っぽくなったね」

「そうか?いつも通りだけどな」

「そうだよ」

「そうか」

思わず、「フフッ」と笑ってしまう。

「何?今何に笑った?」

「いや、なんかさ、優太って〈そうか〉ばっかりだよね」

「そうか?…あ、」

「ほら。いつも〈そうか〉って言う」

「全然気付かなかった。
俺に口癖あったんだ」

「あはは。
ないと思ってたの?私ずっと思ってたよ」

私は気付いたら笑っていた。


ついさっき起こったことも忘れて。

忘れた訳ではないけど、ほんの一瞬考えていなかった時間があった。


「よかった、お前笑えんじゃん」

「笑えるよ、ほら」

私は左手で頬を持ち上げた。

むに~、そんな効果音をつけたくなるような顔をして見せた。

「お前やめとけ。
もっとブスになるぞ」

「ねえ、それどういう意味?」

「ほら、お前も口癖」

「え?何が?」

「嫌なこと言われたり、自分が認めたくないこと言われると〈ねえ、それどういう意味?〉っていつも訊いてる」

「あ、確かに」

そういえば、さっきも落合先生に言った。

あれは認めたくなかった言葉を言われたから、言ったんだ。

「だろっ」

優太が子供っぽく笑った。

それに少しだけ、心の傷が、夏の日差しに氷が溶かされるように癒えていく。

「……優太、ありがと」

何となく、意識しずに自然に口にした。

「な、何だよ、急に」

「だって、優太、髪に汗かいてる。
それは私を心配して走って来てくれたんでしょ?ありがとう」

今度は私が笑顔で返した。

なるべく作らずに、今の気持ちのままで。

「優太が好きって言ってくれたの、嬉しかったよ。
でも今、すぐには何も言えないから考えさせて。少しでいいから」

「ああ、俺もそのつもりだよ」

「……私、失恋して、ここで泣いてる時、もう一生立ち直れないかもって思った。
だけど、優太が来てくれたからすぐ元気になれた。ホントありがとう」

「いいって」

優太は照れくさそうに頭をかいた。

優太、ホントにありがとう。

心の中でそうやって呟いたことは内緒だ。