【落合先生side】

2年前の梅雨の季節。


〈落合先生〉と呼ばれるようになってから一年が経とうとしていた時期。


同棲していた彼女と別れた。

気分は最悪で、コンビニにビールを買いに行った。

そしたらもっと最悪で雨が降ってきた。

でも悲しみを雨が流してくれると思ったし、もともと傘も持っていなかったからずぶ濡れになって歩いた。

しかし雨は、だんだんと激しさを増して、風まで吹いてきた。

どこかで雨宿りでも。

そう考えて途中にあった公園に入って、屋根のある場所を見つけた。

もう家もすぐそこだったけど、さっきまで彼女と暮らしていた部屋に帰るのは苦痛だった。

すると、そこには一人の女性が、先に座っていた。

いつもなら人がいたらやめるけど、なぜかあの日はそのまま座った。

「降られちゃいましたね」

座っていた女性は言った。
何と返していいか戸惑った。

「急に降ってくるから傘も忘れてしまいました」

女性は笑った。


その笑顔はまるで雨の中に咲く、綺麗な紫陽花の花のようだった。


「僕も、こんなに降るとは思っていなかったのでおかげで、ずぶ濡れです」

女性の笑顔に答えるように俺も笑った。

「その袋、買い物でもされてたんですか?」

「ええ、ちょっとそこのコンビニまで」

「そうですか。
私は帰り道だったんですけど、友人に折り畳み傘を貸してしまって」

「へえ」

優しい人だと思った。

女性は大学生くらいだと思われる。
髪は短くて、服装も喋り方も大人っぽい。

帰り道ということは学校帰りか。

「僕は今日、付き合っていた彼女と別れてしまって。
これはやけ酒なんですけど」

初対面なのに、悲しさのせいか、俺は彼女にたんたんと別れたことを口にして、袋の中のビールを見せた。

「そうなんですか。
お気の毒で…。でもお酒に頼るのは良くないですよ」

「あはは、わかってはいるんですけどね。
いつも落ち込むとこうなってしまいます。普段は全く飲みませんが」

本当は飲まないのではなく、俺は酒を飲んだことがなかった。

成人してから4年目。
今日が、初めてだ。

「あ、やみ始めましたね」

「本当だ」

空を見ると、さっきまでの豪雨は嘘のように晴れ渡っていた。

「じゃあ、私はこれで」

女性は一礼して言った。

「ああ、気をつけて」

「はい。
あなたもお酒には気をつけて」

女性が走っていく後ろ姿を見て気付いた。
真っ赤のランドセルを背負っていた。

小学生?あの子が?

自分よりは年下だろうとは思ったものの、10才以上も年下だったとは。

彼女は女性ではなく、少女だったのだ。

一本とられた気分になった。


一年後、俺はあの日の少女に出会った。


少女は真新しい、制服を身に付け、前に会ったときより大分髪の毛が短くなっていて、緊張した面持ちで席に座っていた。


思わず、声を掛けたくなったが、酒を飲んでいたやつとは認識されたくなかったので何も言わなかった。


名前もこの時に知った。

菊崎 茜。
それが少女の名前。

この時の俺は、少女に恋して、少女を失うことは全く知るよしもなかった。