【陽葵side】

茜、茜、茜。

何度心の中で呼んだかわからない、君の名前。

ある日、見てしまった、お前が落合先生と仲良く話しているのを。

その日、傷ついて、そしてあの日、お前に無理矢理キスしてしまった。

俺は子どもで、キスしたらお前を自分のものにできると思った。


だけど、キスしたあとあんな顔をされたら何も言えなかった。


「俺はお前が好きなんだよ」



そう言ったら、お前は頬を赤くした。

だけどそのあと目に涙をいっぱいに溜めて、下をむいてしまった。

俺は何も言えなくなったから、その場を去った。


お前が誰よりも、何よりも大切だった。
俺の初恋だった。

大切すぎて、傷つけてしまうのが恐くて、今まで何も言わずに我慢してきた。
でも、5年前、今でも鮮明に記憶している。

「私、優太のことが好きなんだ」

「え、?」

その日は冬だった。

寒い日で、マフラーに顔をうずめていたら、急に言われた言葉に驚いた。

「ゆ、優太のことが好きなの?」

「うんっ。
だって、優太カッコいいんだもん」

寒さで赤くなっているのか、気持ちがそうしているのかわからない君の顔をじっと見つめた。

「ずっとずっと一緒にいたいなあ」

そう小さく呟いた君は、俺には眩しすぎて。


〈俺はお前のことが好きだよ〉


あの日、そう言えたなら。
その一言が言えていたなら。

そう言って傷つけてしまっても、告白できていたのなら。

でも君は、大人になって、中学に上がってから別のヤツを見るようになっていた。

優太となら、頑張れって思った。

だけど今度は、まるで手の届かないような相手だった。

君は、誰にもその気持ちを言っていなかったようだったけど、俺には一目瞭然だった。


また、その目だ。
また、そんな眩しい顔で見てるのか。
優太となら諦めた。

だけど、教師なんて。
なんでだよ。

俺を見てくれよ。



俺の想いは届かない。

だから別のやつらで満足している気分がしていた。

だけどある日、奈々が現れた。

奈々は顔は大人しめで、気が弱くて。

茜とは正反対なヤツだった。

だけど、ある日、茜と一緒に登校していたのが見られて。


だからその日以来、茜や優太とは会わないように心掛けた。

なのに、奈々と別れてからまたお前を、茜を好きになった。


お前はまだ、アイツのことが好きだった。

心が、痛かった。

でも好きという気持ちの方が大きくて。

そして、お前とアイツがキスしているのを見た日、俺は悪役になった。

俺が告発したんだ。

学校側に、証拠写真を何枚も見せた。

そしたらアイツは

「……全て事実です」

あっさり認めた。

「だけど、菊崎さんの方には僕が伝えます。…彼女と縁を切ります」

落合は2学期から他の学校に転勤が決まった。

茜を失恋させたのは、俺だ。

お前が、教室から出ていったあと、俺は落合と話した。

「お前、本当に茜に言ったんだな」

「……ああ。
惜しいことをしたよ」

ヘラっと落合は笑った。

好きな人の幸せを願うのも一種の恋だ。

そんなことを後から後悔しても遅かった。

落合は茜相手に本気だったのだ。
真剣に、一人の女として見ていたのに。


俺は、ぶち壊した。