それから夕方まで花と他愛のない話や女子定番の恋バナなどして盛り上がった。
花は会社の先輩に絶賛片思い中らしく、その目は完全に恋する女の目だった。
夜は家族と外食だからといって、日が沈みかけた頃に花は帰る準備をした。
「今日はありがとね。後いきなり来てごめんね~」
「いいよ別に。またおいで」
「また来ます。じゃあね!優聖君と進展あったら教えてよ~?」
「ないから!もう、はやく帰った帰った」
「はいはい~っと」
お互い手を振って、花の背中を見送った。
花が帰った後、自室へ戻りなんとなくスマホ画面を見つめる。
進展って……そんなのあるわけないし、優聖はそういう気持ちがあって連絡先を聞いてきたわけじゃない。
それに4つ離れた年下の男なんて自分だって興味ない。ましてや高校生。
でも、そういうの抜きにして、彼は悪い人ではないから普通に犬友として仲良くしていけたらとは思ってる。
……まぁ、あのイケメンフェイスを近距離で直視するのは無理だが。
その時、部屋のドアが開いて母が入って来た。
「葉月~、花ちゃんまだいる?」
「今さっき帰っちゃったよ」
「あら、残念。バームクーヘンのお礼にこれ渡そうと思ったのに」
「さくらんぼ?」
「おじいちゃんからまた来たの。今年も大量よ~」
母の手にはさくらんぼの入った透明のパックがあった。
毎年山形に住んでいる叔父から、さくらんぼやお菓子などがたくさん送られてくるのだ。
その量が半端じゃないので、近所の人たちに分けたりしていた。
花が帰ったことを言えば、残念そうに眉を下げた。
「そしたら私、今度花の家まで行って届けてくるよ!」
「ほんと?じゃあそうしてくれる?」
「任せて」
それから数日。
あれっきり優聖からメールが来るわけでもなく、ドッグランドにも来なかった。
まぁ高校生だし、一年生だし。遊ぶことに忙しいのかもしれない。
葉月は特に気にしなかった。
****
南海扇高校、1年3組の教室。
お昼の時間、優聖はお弁当にも手をつけず怠そうに眉を寄せながら机の上に横たわって項垂れていた。
その手には教科書があり、目を細めてそれを睨みつけていた。
「お前~、やめろその負のオーラ~…飯がまずくなるだろうが…」
「おー、まずくなれまずくなれ」
そんな様子を見ていた優聖の友人である良介が迷惑そうに眉を寄せていた。
昼飯中に目の前で負のオーラ全開されてちゃあ普通に気分が悪い。
良介のことなんか気にせず、一人「あー」とか「うー」とか言う優聖。
優聖のその様子に、すぐ横でお弁当を食べていた女子、神田彩音(かんだあやね)と相川ひまりがケラケラと笑いだした。
「なに、成瀬どしたの教科書なんか見て溜息ついちゃって!」
「らしくない」
「うるせーなぁ…ほっとけし」
「いやいや、横でそんな空気放たれてたら気になるし!」
だったら別の場所で食え、と言いたくなったが何となくそんな気分でもなかった。
「珍しく試験前で焦ってやんの。中学ん時は全然気にもしてなかったのによ。試験勉強なんかしたことねーのに!」
「おい余計なこと言うなっつの」
「そーいや二人とも同中なんだっけ?確かに成瀬が真面目に勉強とか想像できないわぁ」
「だろー?なに、優聖高校デビュー?」
「いやどんなデビューよ」
自分のことで、やんややんやと騒ぐ彼女達に優聖は鬱陶しそうに眉を寄せる。
確かに中学の時から授業なんてほぼ寝ていたし成績だってかなり悪かった。正直、今のこの学校にもギリギリで入れたようなものだった。
そして入学式の数日後にやったテストは赤点3つ。唯一得意なのは数学のみ。
これから一週間後にある中間テストも、おそらくこのままいけば赤点は確実なわけで。
(そうなったら1、2週間は補習だしそれは怠い…)
つまり補習が嫌なのだ。
それからなにより、補習になったらしばらくドッグランドにも行けなくなる。
多分それが一番嫌なのかもしれない。あの少女に会って話すのが優聖にとっては楽しいものになっていたのだ。
もちろんそれは恋愛うんぬんではなく、ただの犬友としてってやつで。
「まぁまぁ!補習なら俺も一緒に受けてやっから!俺も絶対赤点取るし」
「それならあたしもだよ!」
「赤点も、みんなで取れば、怖くない」
「ひまり、うまーいっ」
「や、全然うまくねーから」
ああ、もうダメだコイツら馬鹿すぎる…と片手で顔を覆う優聖。
「類は友を呼ぶって言うだろ優聖。馬鹿4人仲良く補習受けようぜ」
「そーいうわけにもいかないんだって」
「なんでそんな赤点嫌がってんだよ~。なんか理由でもあんの?あ、親が怖いとか」
「んなわけあるか」
そう言って試験範囲のページを見る。
全く分からない。
「まぁでもみんなで取れば怖くないとか言ったけどやっぱ補習は怠いよねー」
「遊べないしねぇ」
「あー、俺は部活あるからな~……赤点取って補習なんかになったら先輩にどやされそ…」
けどやっぱり3人も結局補習は受けたくないといった様子で、一気に空気が重くなった。
