二杯目のお酒が来たのと同時、うっすらと額に汗を滲ませた花がやってきた。



「ごめん!遅れたー!」

「花ぁ…」

「え、どしたの?何で泣きそうなの?しかも何で佐久田そんな笑ってんの?」



会って早々、涙目の葉月と一人で笑っている洋平に花は小首を傾げながら、とりあえず落ち着けと葉月の横に座りその頭を優しく撫でた。



「急いで来たから汗かいちゃった」

「急に呼び出してごめんね」

「うんん~、全然いいよ!」


気にしない気にしない、と言って葉月の背中を叩く花。
そして、ようやく笑いがおさまった洋平に目をやった。



「で、お前は何でそんな笑ってんのよ」

「や、だってソイツ会社クビになったらしくて…上司殴って…ぶっ」


と、また笑いだそうとする洋平に、水でもかけてやろうかとコップを持てば「悪かった悪かった!」と慌てて謝ってきたので仕方なく待っていたコップを置いた。
そのあまりに衝撃的な言葉を聞いた花は、バッと勢いよく葉月を見た。



「クビって!?」

「明日から来なくていいって…言われました」

「……」

「あ、固まった」



ピシリと固まった花の前に手をやり、おーいと呼びかける洋平。
花はハッとして我にかえった。



「上司と喧嘩でもしたわけ…?」

「なんというか、すごいキツい人で…。少しのミスでさえ怒鳴り散らす人でね。頼まれてたデータ確認と入力した書類提出したら、手違いがあって…」

「それで怒鳴られてた、と」



 働く以上、上の人間に怒られるなんてことは日常で当たり前のことだろう。
けれど葉月の勤めていた会社の部長は度が超えていた。
些細なミスさえ許さず、褒めることなど一切無い。それが原因で今まで何人かの人間が辞めていった。
葉月もそれが原因で我慢ならず、思わず平手打ちをしていた…ということである。
今はそれを死ぬほど後悔しているところ。


「それはクビになって良かったんじゃね?」

「…は?」

「うん、あたしも同意。そんなとこ、ずっと働いてたら身体壊すよ。ついでに精神も」



予想外な二人の返事に葉月は目を何度も瞬かせた。



「あたしも同じ状況だったら葉月と同じことしてたかも。クビになって逆に良かったんじゃない?」

「…そうだけど、お母さんとお父さんに言ったら絶対怒られる」

「大丈夫っしょ。お前の母ちゃんも父ちゃんも優しいじゃん」

「でもそういう問題じゃ…」



私、無職になっちゃったんだよ…、と肩を落として俯く葉月に花と洋平は「まずった!」と言うような表情をして顔を見合わせた。



「あ、ああ~、でも大丈夫だってほんと!葉月ならまたすぐ新しい仕事見つかるって!」

「そうそう。やる気があればいけるって」



懸命に自分を励ましてくれてるのはすごく嬉しい。
けど現実的に考えてほしい。



「上司殴ってクビになった人間を、誰が雇ってくれる…?」


 次の職を受けるのにしても、何故前の会社を辞めてしまったのか、絶対に追及されるだろう。
アルバイトはともかく、正社員として再び仕事を探すのは極めて困難なのは確かだった。
静かにそう口にした葉月に、二人は押し黙った。



「……とりあえず、飲もうぜ」

「…だね」

「…うん」