「ふんのぉぉらあああ!!」

「ぶべらっ」



今年、二十歳になったばかりの日高葉月。
入社一年目にして会社の上司を殴り、いや、正確には平手打ちをかまし、本日を持って強制退社となった。
………つまりはクビだ。
勢いある平手打ちを食らった葉月の上司はデスクの上に横たわり体をピクピクとさせている。しん、と静まり返る社内に葉月はハッと我に返った。

(や、やってしまった…!!)

上司を殴ってから気づいたのでは遅い。
サァ、と顔が青ざめていくのが分かった。



「ぶ、部長…!!す、すいませんでした!あ、ああの…、お、お怪我は…」

「…え、なに……?怪我?…お前、今何したか分かってんの…?」

「本当にすみませんでした!!私が至らないばかりについ…」

「いや、ついじゃないよね?」



頬をさすりながら、葉月を睨む上司である部長。
葉月は何度も何度も謝り、頭を下げた。なんとか許してもらおうと。だがその願いも虚しくもあっけなく散る。



「もう明日から来なくていいから、それで全部なかったことにするから。だからハイ、これ書いて今日中に提出してくれる?」

「……あの、これは」

「退職届」



(あ、詰んだわこれ)


手渡された退職届と書かれた用紙を見て、葉月は白目をむいた。
人生終了のお知らせだ。



****


「はぁ!?クビになっただ!?」

「ちょ、声でかい…」

「あ、わり」



 クビだと言われ、今日が最後の出勤となった葉月は仕事後、友人である佐久田洋平と谷村花に電話をかけ呼び出した。
そして今はそのメンバーで居酒屋にいた。花は予定があり、途中から来ると言い洋平と葉月の二人である。



「で?…それ冗談だろ?」

「冗談なわけないじゃん…」

「ええ!まじなの!?え、はっ?なんで?何したの?」

「だから声でかいってば…」



ただでさえ落ち込んでいるというのに。
けれどこんな報告をして驚かない方がおかしいか、と葉月は深く溜息をはいた。
気を紛らわせようと、頼んだお酒を一気に飲み干す。


「ふぅ~」

「クビって何でだよ」

「……上司殴って強制退職。当然の報いだよね」



そう言った途端、洋平は石のように体を硬直させた後、耐え切れなくなったのかお腹を抱えて笑い始めた。



「あっ、はははは!上司殴ったって…!おま、…それ面白すぎ!」

「笑いごとじゃないんですけど…私ほんと落ち込んでるんだからね」

「いや、だって…!ぶふっ」

「…もうやだ」



テーブルを何度も叩いて一人大笑いする洋平に、葉月はムッと口を尖らせた。
こんなんならコイツ呼ばなきゃよかった、と後悔したがもう遅い。
仏頂面になりながら、二杯目のお酒を注文した。