「畑野さん、3番にお電話です」

「あ、はい。かわります」


年の暮れを間近に控えた社内はあちこちに忙しさを孕んでいた。
誰かの心がどんなに痛かろうが、重力に逆らえないほどに気持ちが落ちていようが、有無を言わさずにこの場所の時間は流れていく。

須藤に再会してからの俺は、淡々と、しかし確実に、目の前の仕事をこなす日々を送っていた。



後悔は、していない。

迷いつつも彼女に会いに戻ったことを、気持ちを伝えたことを、後悔はしていない。

そう頭の中では整理できるのに、心の中ではザラザラと広がって、砂のように落ちていく鈍い痛みを持て余しながら、幾度も須藤の言葉が過ぎっていた。



『私のことは、私とのことは……もう、忘れていいから』



人間に記憶を消去するスイッチがあればどれだけラクだろうと溜息をつくけれど、その度ごとに俺は思い知ってしまう。

須藤のことが好きで、忘れることなんて出来ないのだと。

苦いような切ないような、もはや表現出来ないような想いを自覚しながら。