陽だまりの天使


「お約束の時間にいないなんて、時間にきっちりされている真理さんだから心配したわ」

聞くともなしにはっきりとした口調の女性の声が聞こえてしまう。

私と喫茶店でしばらく過ごしたことで坂木さんに迷惑をかけた気がしてギクリと視線を向ける。

「本当に申し訳ありませんでした。私も忙しい身であるとご理解いただければと思います」

坂木さんは動じることなくゆったりとした口調で軽く頭を下げながら女性の歩くペースに寄り添う。

その後ろを付いて歩く土谷さんと目が合って目礼すると、土谷さんは一瞬驚いてから、きつい目付きになり、目を反らされる。

あからさまに嫌がられている様子に、私もそっと視線を落とす。

「それから真理さん。娘との見合いの件、やっぱり一度持ち帰って考えてちょうだい。すぐに答えを出す必要はないでしょう?」

『見合い』と言う言葉に、聞き耳を立てるのははしたないとは思いながら、興味をそそられて落ちた視線を絵に戻しながら意識は背後に集中する。

「お話もお気持ちも大変ありがたいですが、心に決めている相手がおりますので、申し訳ありません」

スマートに、しかしはっきり断る坂木さんの返事に、こんなに素敵な人なんだから、相手くらいいておかしくないと納得する気持ちもありながら、思ったよりショックを受けている自分に苦笑してしまう。

相手がいないと思っていた自分のうっかりさに呆れる。

見たくないものは見ないようにしていたのかもしれない。

落胆する私の背中に、毛皮の女性の声が続く。

「もう、つれないんだから。どうせ律子さんの決めた相手なんでしょ。あの人の言うままじゃなくていいじゃなくて?」

「私の意志でもあります。申し訳ありません。花音様が人間としてとても素敵な方だと思います。藤堂様も素敵な娘さんをお持ちで鼻が高いでしょう」

「相変わらずお上手ね。また素敵な作家さんを紹介してちょうだい。ごきげんよう」

女性が機嫌よくギャラリーを出て行く気配で出入口に視線を向けると、ドアの外まで坂木さんと土谷さんが並んで腰を折って丁寧に見送っていた。

客商売ってこういうのが大変なんだろうなぁと感心してみていたら、開いたままのドアからくるりとこちらを向いた土谷さんの引きつった笑顔を見つけ、明らかに怒っているオーラに、思わず左右に目を振って逃げ道を探してしまう。

広いギャラリーに隠れるところなどなく、気圧されて半歩下がるくらいしかできない。