神様の藥箋






「本当か?」



夕食の献立を聞いて、夫の顔に子供のような歓喜が浮かんだのを見て、エレナも嬉しくなってくすくすと笑った。





「冷めてしまったと思うから、温め直します。

あなたはお風呂なんて、いかがです?」








「あー…」





風呂嫌いな夫は、風呂という言葉を聞いただけで本当に嫌そうに眉間にシワを寄せた。それから、困ったように眉を下げて、はぁっと息を吐いた。






「いや。風呂は飯のあとにするよ。」




まさに、子供のようにお風呂を嫌がるこの人がーー、


大国と言えど、その片田舎にひっそりと隠れるようにして暮らしているこの人が、『神の手』と呼ばれる凄腕の医師だとは、誰も到底想像できまい。



確かに、患者を目の前にすると彼は、人が変わったように目つきも鋭くなる。


けれど、家では。


二人きりで食事をしている彼は、ご飯粒を落としたりとりわけようとしたおかずをこぼしたり。

近所の子供相手に、本気になって遊びを仕掛けたり。

食事処に行ったとき、後で食べようと楽しみにとっておいた果物を、お手洗いに立った際、下げられてしまって、大いにしょげていたり。




普段の医師としての顔からは、考えられないほどのひょうきんな一面がある。



その普段との温度差が、夫の魅力だとエレナは思う。








「そうして、嫌なものを先伸ばしにしていると、余計に腰が重くなってゆきますよ。」






妻のいたずらっぽい顔をちらりと眺めて、口元を歪めた。





「君は…時々、口うるさい母親のような物言いをするんだな。」






それを聞いて、エレナはくいっと片方の眉だけを上げてから、おどけるように前掛けの裾をひらひらと揺らした。






「こんな大きな子供は、いりません。」





最後に、ちょっと悲しそうな笑みを部屋に残して、エレナは出ていった。