妻の顔を見上げてから、本の山で遮られ、ほとんど外が見えなくなっている窓に目を向けた。
僅かに窓から覗く外の景色が既に真っ暗になっているのに気がついて、彼は狼狽したように瞬きをした。
「あぁ…もう夜なのだな。」
そんな夫の背中を労うようにそうっとさすった。
「ええ、こうしてあなたを正気に戻さないと、日がかわったことさえ気がつかなそうですね。」
妻の冗談に、彼は鼻から息をもらして応えた。
それから、椅子に座ったまま凝り固まった体をグーンと伸ばし、腰を左右にひねった。
背中の骨をぽきぽき鳴らすと、随分体がすっきりした。
「何か食うものはあるか。…人間は面倒だな。腹が減ると集中力がきれる。食べないと死んでしまうんだから。」
夫の憂鬱そうな横顔をみて、彼女は微笑んだ。
「お医者のあなたが、なにをおっしゃるの。
ただでさえ、食料不足なのに、私達はこうしてきちんとした物を、食べられるんですもの。感謝しなくてはいけないわ。
それに、今日はあなたの好きな豆のスープですよ。」