「あなた、お風呂が沸きましたよ。
少し、息抜きをなさらないと、体がもちませんよ。」
薄暗い書斎にそうっと足を踏み入れると、古びた木製の板がギシリと鳴った。
小さなランプが無いと、本やら、小さくなって使い物にならなくなったえんぴつやら、くしゃくしゃの紙やらが散乱していて、
こうして足元を照らさなければ、うっかり踏んづけてしまいそうだった。
足を進めるに連れて、どんどん散らかり方が酷くなってゆく。
跨いだり、よけたりしながら目的の人物になんとか辿り着いた。
「あなた。」
大きな木の机に突っ伏すようにして、一心に書物をしている丸まった背中。
彼女の、夫だ。
なるべく、驚かせないように小声で呼びかけるけれど、こうなってしまったら、耳たぶでも引っ張らない限り、自分の妻にさえ気がつかない。
「朝から何も召し上がっていないでしょう。ほら、あなたの好きな豆のスープがありますよ。」
頑張って呼びかけてみても効果なし。
「あなた、もしもし?」
二、三度、肩を軽く叩いて呼びかけるとようやく、顔を上げた。
「エレナ。」