「お前、聞いてる?」
考え事をしていた為、近づいてきたことにも気付かずにいたら
息が掛かるくらいの距離に彼の顔が迫っていた。
「は、はい。いや、だって……高速船じゃ、自転車乗せられないんだもん」
半分声が上擦りながらも、慌てて言葉を紡ぐ。
私だって港についた時までは、ちゃんと帰ろうと思ってたんですよ?
ただね、高速船が自転車乗せられないっていう事を忘れてたんです。
自転車を放っておくわけにもいかないし、完全なる不可抗力。
「んなもん、ほっといて帰ればよかっただろ?」
「ダメです。あれは、私のお気に入りなんだから」
高校の入学祝いで買ってもらった、赤い自転車。
あれは、お母さんと一緒に自転車屋に行ったとき
ショーウィンドウに飾ってあって、一目で気に入ったものだ。
少し値段が高かったけれど、お小遣い三ヶ月無くていいからと、お願いしたのを覚えてる。
大切に傷つけないように乗ってきた自転車を、放っておくなんて出来るわけない。

