普通は、言葉を発する時に、自らの社会的立場とか
地位、環境、皿には利益誘導、などを意識して言葉を作るものだ。
例えば、日本語ならば
You-meの関係で自称する際に
私、わたし、あたし、アタイ、ぼく、俺、俺いら、私拝...などと
様々な表現があるが、それらは全て相手との関係性によって
使い分けるものだ。
言ってみれば、日本語は社会性言語なのである。
自称だけでそれだから、構文の作り方一つで様々な意味に採られる。
婉曲、深慮....そういう表現が好まれる所以で
真意を測りにくくして、誤解を避ける為の方便である。
...こう、率直な。
その表現が、天衣無縫、と言うか....。
情緒がそのまま表現になったかのようなその言葉使いは
どちらかと言うと、感覚的詩人のそれに近く
詩人であれば、活字になってそれを読むから問題は生じない。
...この人は、人気があるのだろうな。
深町は同時にそう思う。
若年の女の子は、それだけで人気になるが
全く無防備であるかのような言語表現が
ひどく幼い気に見え、守護心を
掻き立てるだろう事は明白であるからだ。
そして、その守護心を恋に置換してしまう例も多いだろう...。



